正しい決断を
──
聖から話を聞いた言葉は、犯人が理事長だと知り、慌てて異能妨害室を飛び出した。それは、理事長室に向かうため。……放送で呼び出された灯子を、助けに行くためだった。
しかし。
「……っ!!」
「うわっ、っとぉ!?」
部屋を出た瞬間、何かが言葉に向け、振り下ろされた。慌てて言葉はバク転をすることで、それを躱す。……次の瞬間、一瞬前まで言葉がいたところに、大きなひびが入る。あれが当たっていたら、大怪我どころではなかっただろう。
言葉が顔を上げると、そこには1人の女子生徒の姿が。その右腕は、巨大に膨れ上がっている。……自分の身体の一部を肥大化させる能力者だった。
反射的に悟る。この生徒は、暴走に選ばれたのだと。
「!? あっ……」
「聖さんはそこにいて!!!!」
突然のことに、聖が部屋の中から心配したような声を上げる。しかし言葉はすぐにそう叫んだ。そして飛び、両足で異能妨害室の扉を閉める。同時に、また振り下ろされた腕を避けた。
着地しながら、言葉はパーカーのポケットに手を突っ込む。いつもの彼女からしたら珍しく、目的のものをすぐに取り出した。……それは、1冊の手帳。それと、何の変哲もない万年筆。どちらも、そこらへんで買える小物に過ぎない。
だが彼女には、これが何よりも強い武器だ。
「っ……!!」
彼女は次から次へと繰り出される攻撃を避けつつ、器用に手帳に文字を書き記していく。着地をし、その場に踏ん張ると同時、勢い良く文字を書き上げて。
「──行けッ!!!!」
彼女の手の動きに合わせ、今書いたばかりの文字が……踊り出す。
「Stardust」。文字を操るという、彼女の異能力だ。
その文字たちは、生徒に向けて進み出す。しかし巨腕を前に、その小さな文字たちは塵に等しかった。容易くはたき落とされてしまう。それどころか彼女にもその腕が伸ばされ……言葉を、叩き潰そうとする。
ちっ、と言葉は舌打ちをし……忌々し気に、呟いた。
「ああ、もう……こんな大変な時にさぁ!!!!」
その呟きは、気づいたら叫び声になる。言葉は文字を書き連ねた。字の綺麗さなど、もはや今はどうだって良かった。ただ今は。
──この生徒をぶちのめして、灯子ちゃんのところへ行かなければ。
「この事件を止めたい」。
彼女の強い思いが込められたその文字は、揺るぎない最強の力となる。
「……っ、?」
巨腕の生徒が、驚いたように顔をしかめる。手応えがある。仕留めた、と思ったが、何かが食い止めている。いや、違う、これは……。
……押し返されている!
「……っらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
言葉が咆哮する。言葉の操る文字が、それに合わせて熱を持つ。……次の瞬間には、文字が、巨腕を跳ね飛ばしていた。
それだけではない。その文字をそのまま、女子生徒の鳩尾にぶち込む。骨折はしない程度に抑えているが、それでも威力は凄まじい。予想通り、生徒は立っていられずに、地面に座り込んだ。
言葉は肩で息をし、女子生徒に歩み寄る。自然と異能力は解除されたようで、女子生徒は右腕を抑えつつ震えていた。
「……ねぇ」
言葉が声を掛けると、生徒の肩が分かりやすく跳ねる。まあ仕方ないか、と思いつつも、構わずに口を開いた。
「……もう全部知ってる。君たちが理事長に脅されてるってことも、そのせいで、暴走したように見せないといけないこと。……全部」
「……!!」
その言葉に、女子生徒は目を見開く。そしてすぐに、言葉のことを睨みつけた。
「……なら分かりますよね、会長……」
「……」
「貴方を倒さないと、私の弟が……ッ、私は、無理でも何でも、やらなくてはいけないんです!! 貴方を!!」
「!」
女子生徒は体を起こす。そして肥大させるのは、左腕。彼女はそれを振りかざし、言葉に……。
「“止まって”!!」
小癪な、と言葉が万年筆を構えようとしたその瞬間、響き渡る声がした。すると女子生徒は不自然なほどにピタリとその場で停止し、言葉も、動けなくなってしまった。お陰で、言葉は少し中途半端な体勢になってしまっている。
その声に振り返ると、いつの間にか開け放たれた扉。部屋の外から出た、聖の姿があった。
「聖さん……!?」
「な……に、動けない……」
「“いのうを、使わないでください”!!」
続いて響く聖の声。その声に合わせて女子生徒の左腕は元の大きさに戻り、言葉の手から万年筆が落ちた。
聖は言葉に歩み寄り、その落ちた万年筆を拾う。
「聖さん……」
「……ことは、ちゃん。ごめんなさい。じゃまして……」
「いや……助かったよ」
ありがとう、と告げると、聖は嬉しそうに笑った。
女子生徒は、ただぼんやりと言葉と聖のことを見つめていた。その瞳に映るのは、行き場を失くした憤りと、大事な人がいなくなる、恐怖。
それを感じ取った言葉は、女子生徒に歩み寄ろうとした。しかしまだ動くことが出来ず、結局その場に留まる。ゆっくり息を吸ってから、彼女を見つめた。
「……大丈夫」
「……」
「約束したんだ。君の、君たちの大切な人は、大事な人は、まとめて皆、僕が守る。だからもうこんなことしなくていいんだよ。大丈夫」
聖にも、女子生徒にも、言葉は告げる。生徒会長として。この学園最強の異能力者として。
女子生徒の表情が、歪んだ。緊張から解放されたのだろう。その瞳から、涙が零れる。動くことが不可能なため、涙を拭うことも出来ず、そのまま。
「……私も、貴方くらい強ければ、良かった」
「……」
「それなら、こんなに悩まなくて良かった。こんな……」
俯き、彼女は咆哮する。
「こんな惨めな気持ちにならなくて、良かったっ……!!」
「……」
言葉は、何も言わなかった。
2人の間に立つ聖だけが、何かを感じ取ってオロオロしている。それに対しても、言葉は何も言う気にはなれなかった。
ただ、急がなければいけないのは変わらない。聖に異能力の効果を解除してもらおうと口を開いた、次の瞬間。
外から聞こえる轟音、悲鳴。
「……!?」
言葉は驚いて顔を上げる。それと同時、女子生徒が少しだけほくそ笑んだ。
「……私だけだと、思いました?」
「なっ……」
反射的に言葉は、女子生徒に掴みかかりかける。しかしそんなことをしても現状はどうにもならないと、分かっていた。分かっていたからこそ、言葉は唇を噛み締めるだけで、それを耐えた。
「……君以外にも、人質を取られた人が?」
「……ええ。全て貴方を止めるためです。生徒会長」
「僕を……?」
だって、と、女子生徒は告げる。
「貴方は、他の生徒を見捨てることも出来ない。伊勢美灯子のところへ向かいたくとも、それが他の犠牲を伴うなら、多数を優先する。……貴方は生徒会長。それが正しいから」
「……」
確かに、そうだ。その女子生徒の言う通りだった。……だからこそ言葉は、何も言い返せなかった。
灯子のところに行かなければいけない。いち早く。例え彼女がどれだけチート級の異能力を持っていようと、彼女は戦闘慣れしていない。それに……考えたくもないが。
もし灯子が、理事長側に寝返っているとしたら。
もし彼女が動き始めてしまったら、自分では止められない域に行ってしまうかもしれない。あの力は、むやみやたらと振りかざしてはいけないものだ。止めなければ。
でも今、沢山の生徒が、危険に晒されている。どうにかして、止めないと。
行かないと。
助けないと。
「──……ッ!!」
悩んでいる時間が惜しいのだ。この学園で1番偉い生徒なのだから、素早い判断をしなければならないのだ。時間は、命だ。待ってはくれない。消費すればするほど、削れていく。朽ちていく。早く、しなければ。
焦るほど、冷静な思考が奪われていく。
僕は。
「……私は……っ!!」
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