死神の鎌

 ──────────


 墓前糸凌は1人、被服準備室で最終調整を行っていた。先程着た際、破れたり引っかかったりしなかったか。彼女の所作は丁寧なものだし、だから彼女を疑うわけではないのだが、念のため確認をしているのである。


 そうしていると、被服準備室の扉が叩かれる。糸凌が返事をすると、開かれた扉……その先に立っていたのは、生徒会長である小鳥遊言葉だった。


「そんな露骨に嫌そうな顔しないでもらえるかなぁ~~~~????」

「……何の用ですか、腹黒生徒会長」

「だぁかぁらぁ……その呼び方やめてくんない!? お前のその体質とやらを知らない人が聞いたら、僕が腹黒だと思われんじゃん。……まー、いいけどさ」


 言葉は反論を諦めたのだろう。ため息を吐いて俯くと、すぐに顔を上げ。


「別に用とかはないよ。ただの巡回。どう? 上手くいってる?」

「……まあ、俺の作ったものだからな。さっき試着してもらったが、完璧だった」

「……お前ってなかなかに自信家だよね」


 ドヤ顔を見せる糸凌に、言葉は苦笑いを浮かべる。やはり変なやつだ、と、改めて認識し直した。


 糸凌の後ろから、灯子が着る予定だという服を見させてもらう。……確かに、とても良いデザインだ。派手過ぎず、地味過ぎるほどでもない装飾の量。肌触りの良さそうな生地。これを着て動けば、人が服を彩り、同時に服が人を際立たせる。魅せる服でありながら、着る人のこともよく考えられた服だ。

 ……本当、こんな変なやつが作ったとは思えないくらい、いい服だ。言葉は失礼な言葉を、心の中で糸凌の背中に投げかけた。


 そこで言葉はあることに気づく。だから今度は、糸凌の背中にきちんと声を出して投げかけた。


「ねぇ、そこ、ほつれてない?」

「え、どこ」

「ほら、そこそこ。お前の手の下にちょーど隠れてるとこ!!」


 言葉に指摘され、糸凌はその部分をあらためる。……するとそこには言葉の指摘通り、わずかではあるがほつれがあって。自分の見落としに気づいた糸凌は、なんだか癪だなと思いつつも、棒読みでお礼を述べた。それに対し、感謝してなさそーだな!! と言葉が憤りを示す。しかし糸凌は知らんぷりだった。


 裁縫セットを取り出した糸凌は、針に糸を通したところで、ふとその手を止める。そして言葉のことを見ないまま、口を開いた。


「……伊勢美と一緒に……一さんという人が来ていましたが。彼女のこと、ご存じですか?」

「ああ、イチ先輩のこと? うん、仲良くさせてもらってるよー」


 見知った名前が出てきて、言葉は少し上機嫌になる。言葉は彼女のことが大好きなのだ。


「本当、すごい人だよ。あの人はレジェンドって感じで……まあ、問題行動の方が多かったらしいけど……でもそれも含めて、本当に天才。それでいて完璧。

「……へぇ」


 糸凌は小声で相槌を打つ。勝手に色々喋ってくれた言葉に内心感謝しつつも、糸凌は手を動かし始める。ほつれた部分が、あっという間に修復されていく。


「何、イチ先輩がどうかしたの?」

「……別に、素材がいいなー、って思ったんですよ」

「え、何その含みのある言い方。……まあ、先輩美人だもんね~。分かる分かる。モデルか? ってくらい細いし、歩き方綺麗だもんね~」


 糸凌の言い方に少し引っかかっていたようだが、一方でその言葉が嘘ではないと彼女は見抜いたため、それに賛同する。


 嘘は言っていない。確かに彼女に色々な服を着せてみたい、と思ったわけだし。糸凌はそこまで思ってから、ただ、と、思い返す。


 初めて一愛と出会った際。

 その背後に、憑いていたものを。



 彼女の首には、鎌を添える死神が憑いていたから。



 絶対に弱みなんてない。完全無欠の人。


 あれだけ、もう斬られる寸前とまで来ているのに、あんなにきびきびと動けているのはすごい。それは彼女の精神力の強さのお陰と言うべきか……とにかく、言葉の言う通り只人でないのは、間違いないだろう。

 そして、彼女はきっとそれを隠している。言葉が何も知らなそうだったからだ。


 だからと言って、糸凌が教えてやる義理もない。そもそも憑き物に関しては、あまり話さないようにと決めている。自分は生きているのだから、あちら側に干渉するべきではない。そもそも、見る以外に何も出来ないから、というのもある。


 だが、そう思いつつも心配なのはあった。……一愛という人間は、きっと沢山の人に愛されている。そんな彼女が突然、誰にも言わず、この世から去ってしまったら……。彼女の周囲の人間に心配を、というよりも、彼女に心配をしていた。


 去り際がそんな、孤独で淡白なもので良いものなのだろうか。

 それで、寂しくないのだろうか。


 彼女のことをよく知らない糸凌だが、どうしても、そう思ってしまうのだ。

 ……それこそ、彼女の生き方に口を挟む権利がないだろうから、結局は閉口するしかない。



 ……でも糸凌は、1つだけ口を挟んでしまった。

 目を離さない方が良い。そう、灯子に告げてしまった。


 。伊勢美灯子という人間は、この学園を、そして彼女に関わる全ての人を、良い方向へ変えていく人間だ。彼女にその自覚はない。そうするつもりもないのだろう。知っている。けれど、きっと今回もそうなのだろうと、勝手な期待をかけてしまったから。


 最低だな。糸凌は心の中で呟く。

 自分には何も出来ないから、他の人に、それも大事な後輩に押し付けるなど。

 いつか返さないといけない、大きな借りだった。


 思考を止めるように、糸凌は目を閉じる。口からは、堪えきれずにため息が出た。



 文化祭は、明日。





【第36話 終】





第36話あとがき

https://kakuyomu.jp/users/rin_kariN2/news/16818093076911159441

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