第37話「エネルギッシュ!! 明星祭」

浮かされる

 文化祭、当日。


 今日は土曜日。いつもとは違い、休日だが学校に登校する。だけど、行けば待っているのは授業ではなく……お祭り。生徒の大多数は、大歓喜で学校へと向かうだろう。

 まあ私──伊勢美いせみ灯子とうこは、嬉々として行くタイプではないが……いかんせん、強制ではないイベントであるものの、出席をすればきちんと得点を稼ぐことが出来る。特別技能点、というやつだ。体育祭ぶりに聞く単語である。


 だからこそ、私もしっかりと登校しようと思っていたのだが……。


「あちゃー、ちゃんと熱だね、こりゃ」

「けほっ……ちゃんと、って、なんですか……」


 朝、目覚めると同時に倦怠感を覚え、その時丁度、言葉ことはちゃんからのメッセージが届いて……なんだか体調が悪い、と伝えると、彼女は私の家まで急いで来てくれた。家の場所を伝える必要はない。彼女は私の家に来たことがあるし。

 そして慣れた調子でベッドに寝かされると、持ってきてくれたらしい体温計を渡された。促されるまま脇に挿すと、その間に言葉ちゃんは持っていたレジ袋をベッド脇に置き、中身を軽く説明してくれる。どうやら、解熱剤やら冷却ジェルシートやら軽食などが入っているらしい。連絡してからそこまで時間が経っていないというのに、すごい持ってきてくれたな。


 説明が終わった頃、体温計の音が鳴り響いた。それを彼女に差し出し……そして、さっきの台詞である。


「今日はお休みだね。絶対安静、だよ」

「……はい」

「疲れが出たのかな? ま、君も連日頑張ってるもんねぇ~。この機会に、しっかり休息を取るんだよ」

「……はい」


 喋るのも億劫で、とりあえず素直に返事をしておく。それが面白かったのだろうか。言葉ちゃんは笑いながら、私の頭を優しく撫でた。


 額に冷却シートを貼られ、私は思わず肩を震わす。冷たいものが来る、と分かっていて身構えても、やはりいざ来ると体は正直な反応を示すものだ。

 額から伝わる冷たさが、体の中に染み渡っていくような……そんな感覚がする、気がする。気持ち良かった。


 ……明日には、治るといいんだけど……。


「あ、君のことは僕からしりょーに伝えておくよ。体調不良なら、あいつも怒んないっしょ。……それにしても、君には甘いしねぇ」

「……お手数おかけします……」

「気にしないで。まっ、今日来るのは明け学の生徒だけだし、明日の一般客の前での披露の方がメインだからねぇ。最悪、明日来れれば大丈夫だよ」


 そのためにも、早く治すんだよ。言葉ちゃんはそう言って、優しく微笑む。私は小さく頷くことしか、出来なかった。


 じゃ、僕は仕事もあるし、そろそろ行くね。何かあったら連絡して! と言い、言葉ちゃんは去って行った。……部屋の中には、静寂が蔓延る。

 体調が悪いせいか。……少し、寂しいな、なんて、思ってしまった。


 ……。


 いやいや、と、思わず小さく首を横に振る。そんなことを思うなんて、私らしくない。似合わないだろうし。いくら体調を崩しているとはいえ、精神的に弱りすぎだ。


 少し体を起こして、言葉ちゃんが買ってきてくれたスポーツドリンクを飲む。そうして喉を潤し、せっかく体を起こしたので、スマホを手に取って眺めた。私は、寝転びながらスマホが見れないタイプなのである。顔面に落とすので。

 届いているメッセージをチェックする。広告は無視して、まず一番最近のやつは、墓前はかまえ先輩からのもので。


『会長から聞いた。こっちのことは気にせずに、ゆっくり休め。返信不要』


 その端的な文章に、先輩らしい、と思わず微笑む。返信不要、と書いてあったものの、ありがとうございます、とだけ送っておいた。そうしないと私の気が済まないからである。

 その下に来ていたメッセージは、春松はるまつくんからのものだった。


『今日から文化祭だろ? 楽しめよー』


 淡白な文章をぼんやりと眺め、それから返信を打ち込む。


『熱出たので、休みます』


 するとすぐに既読マークが表示され、マジ? と短い単語が表示される。そしてまたすぐに。


『昨日無理させたせいか、悪いな』


 ……私と同じ予想が飛んできた。


 昨日、私と春松くんは、戦った。私は今まで彼から教わったことを証明し、彼に勝利するため。春松くんは、私を試す壁となるため。

 それはそれは全力で、戦った。


 ……私も、少なからず自我を出して臨んだし。まあ、負けたけど。再戦の機会を楽しみにしよう。


『まあ、あれが決定打みたいな感じだったんでしょう』

『わー、申し訳ねー。もうちょい機会選べばよかったな』

『私も断らなかったので。同罪です』


 ……まあ、断れなそうな雰囲気ではあったけれど。


 動きを止めたスマホを眺めつつ、そろそろ画面を見続けるのがキツくなってきたな、なんて思っていると、ようやく春松くんから返信が来た。


『どっちが悪いとかは置いておいて、とりあえずはゆっくり休んで、早く体調治せよ。俺も明日の文化祭には行こうと思ってるし、楽しみにしてるから。

 だから今は寝ろ。体調が悪いのに、やり取りさせて悪かった』


 返信のペースが滞ったのは、長い文を打ってやり取りを終わらせるためか。合点がいき、私はキーボードに向き直る。大丈夫です。分かりました。と打つと、送信した。

 既読マークが付いたのを確認し、私はベッド脇にあるミニテーブルにスマホを置く。正確に言うと、途中で力尽きて、半ば投げたみたいになったけれど。ゴッ、と音がしたので、画面が壊れていないか少し心配だ。


 だけどそれを確かめるエネルギーはもう残されておらず、枕に頭を沈めると、目を閉じる。頭が、ずきずきと痛んでいた。


 ……くるしい。


 体調が悪いせいだろう。目を閉じると、あっという間に意識が遠のいていく。このまま、しっかりと眠れそうだ。


 ……目が覚める頃には、治ってるといいけど。


 不意に、誰かが私の頭を優しく撫でた、気がした。その手の感触には、少なからず覚えがあるような気がして……でも、それが何かを確かめることも出来ず、私は眠りに落ちた。

 というか、まあ、精神的に弱っている私が感じた、幻触なのだろう。

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