間違いに停滞
「……僕は、この異能力で、大事な人を失くしたことがあるんです」
僕がそう言うと、春松くんが微かに目を見開く。まさか話してくれると思っていなかった。そう言うように。
……自分で言っておいて、僕も少し意外だけれど。
まあ、口が勝手に動いたということは……僕は、彼には話したいと、そう思ったということだろう。
「だから僕は、もう、間違えたくなくて。でも僕は許されてはいけないから、僕が幸せになってはいけなくて、間違え続けないといけないような気がして。……思考を止めてしまいたいけれど、それはやっぱり許されなくて、僕は……過去とも向き合えず、このまま進んでいいかも分からず、今を……流れに身を任せて、生きているんです」
支離滅裂なことを、言ってしまったと思う。一度話し始めてしまえば、口が止まらなくて。春松くんの方を見られない。今彼がどんな顔をしているか、確認するのが怖い。目を閉じて、暗闇に閉じこもった。
僕は黙る。やはり僕は、どうすればいいか分からない。
するとそこで、頬に温もりが灯った。驚いて目を開くと、そこには……僕の頬に手を添える、春松くんが。
「……間違え続けないといけないなんて、そんなこと、絶対にねぇよ。確かにお前は、何か間違ったことをしてしまったのかもしれない。取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない。でも、だからそのまま間違ったことをし続けないといけないなんてことは、ない。むしろそこから、やり直さないと。お前がそうしたいと思っているのなら。……自分を罰する意味で、誰かを傷つけるつもりなら、お前にもっと間違いが積み重なって、戻れなくなるぞ」
「……」
優しく、頬を撫でられる。優しい言葉を掛けられる。
ああ、いいのだろうか。こんな僕が、こんなに優しくして貰えて。
でも一方で、分かっている。彼は、僕を許してはいない。許してはいないけれど、受け止めてくれている。そして道を外そうとする僕を、引き留めようとしている。
迷いなくそう出来るのは、きっと彼の強さだ。
……でも僕は、やはりそんなに強くなれない。彼の言う、強い優しさを、弱い僕は受け止めきれない。
間違い続けるのは、間違っている。分かっている。分かっているから、そうするつもりなのだ。
戻れないところへ、行ってしまいたいから。
そうなれたら僕は、もう迷う必要がないだろうから。
──僕が本当に殺したいのは、小鳥遊言葉ではない。彼女はあくまで、僕が戻れなくなるための布石だ。
彼女より、きっともっと強い、あいつを……僕は、絶対に許すわけにはいかないから。生かしておくにはいかないから。
──本当に僕は、救えない人間だ。周りの人は、こんなに優しいのに、僕に温かいものをくれるのに、僕はそれに、きっと何一つ報えないから。
「……そう、ですね」
泣きそうになるのを堪え、私は、彼を真っ直ぐに見つめる。
「それでも、私は、きっと間違えます。貴方の強さを利用して、間違うために、私は強くなりました。……ごめんなさい」
怒られるだろうか。それを覚悟で、目を逸らさず、私は彼を見つめ続ける。
……しかし私の予想と反し、春松くんは……穏やかに微笑むだけだった。
「……お前がそう決めたなら、俺は止めないよ」
おかしな話だ。彼は、私のような間違ったこと、曲がったことは、きっと嫌いだろうに。
「……止めなくて、いいんですか」
「俺が止める必要は無いだろ。……お前の周囲の人間が、死に物狂いで止めるだろうからさ。俺1人いなくても問題ないって」
そう言って春松くんは、ひらひらと手を振る。そういえば、もう動けるようになったらしい。
私は思わず吹き出す。その光景は容易に浮かんだし、それにしても随分と無責任な言い方だな、と思ったからだ。
「……そんなこと言って、本当はまた『俺が介入しすぎると面倒なことになる』ってことなんじゃないんですか」
「まあそれもあるな。俺が本気でお前を止めようと思ったらお前は否応なしに止まるだろうし。……やっぱ、この世界に魔法使いはいらないんだよ。お前たち異能力者は、自分の持つ異能で勝負してもらわないと」
「……そうですね。頑張ります」
異能を得て君を失くした、君を失くして異能を得た。この異能が、どう関わっていくか、それは分からないけれど。
きっとまだ、時間はある。目一杯、まだ、この「今」は迷っていよう。考えていよう。ずっと、そうしていたのだから。
それでも、私の中で何かが変わったし、固まった。そんな気がする。
……そういう意味では、春松くんと出会えて、良かった。
そう思いながら私は、動けるようになったなら早く退いてください、と春松くんに告げるのだった。
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