ボクにも

 ──



「ボクが行くよ」



 思考の渦に巻き込まれた言葉を、拾い上げる声があった。

 言葉は弾かれたように顔を上げる。……そこには、何か覚悟を決めたような、聖がいて。


「ボクなら、このいのう力で、色んな人を止められる。ケガさせたりもしないよ」

「……聖さん……でも……」

「だいじょうぶ、ことはちゃん」


 そこで聖は、言葉に手を伸ばした。反射的に身をすくませる言葉に、聖は優しく微笑んで。



 ふわり、と、抱きしめる。



「……ボクのせいで、きみには、たくさん動かせちゃった。でも、ボクたちのために、きみは……助けるって、言ってくれた」

「……」

「だからボクにも、手つだわせてください」


 聖は言葉を解放し、笑いかける。



「きみの大切な人を、ボクにも守らせてください」



 その美しい表情に、言葉は思わず息を呑む。その神聖なまでの空気に、反射的に頷きそうになる。……しかし言葉は、抑えた。わざと目を逸らし、自分のペースを守れるように、気圧されないようにする。


「……駄目だよ。大丈夫、僕が行く。僕が、全部全部……」


 終わらせる、と、そう言う前に、むぅ、と声が聞こえた。驚いて言葉が顔を上げてしまうと、そこには頬を膨らませた聖がいた。不服そうなその表情に──聖が今まで全く見せたことのなかったような、その表情に、言葉は思わず黙ってしまう。


「え……と……聖さん……?」

「……ことはちゃんのわからずや!!」

「あ!? んだと!?」


 条件反射でそんなことを叫び返す。こんなことをしている場合ではないのに、と頭の片隅では分かっているものの、熱しやすい言葉には、今の発言をスルーするなど、出来なかった。

 一方、聖は相変わらず不満そうに、言葉を睨みつける。そして。


「……きみがワガママするなら、ボクもワガママする」

「……は?」


 何言って、と言葉が聞き返す、次の瞬間。



「“ことはちゃんは、とうこちゃんを助けに行きなさい”!!」



 聖が言葉に指を突きつけ、そう告げた。



「Siren」。

 その声を聞けば、誰もがその声に従わなければならない。

 そう、それは、この学園最強と言われる生徒会長、小鳥遊言葉だったとしても。


 言葉の体は勝手に命令に従い、ぎこちなくも立ち上がる。それはまるでブリキのおもちゃのように。逆らおうと身をよじったが、聖の異能力に対しては無力だった。


「聖、さ……っ、僕はっ……!!」

「……もんくなら、あとで聞くよ。だから今は……“行って”!!」


 その命令に従い、言葉の足が勝手に理事長室の方へ向く。やはり抵抗しようとしたが、やはり無意味だった。ああ、もう、と、言葉は奥歯を強く噛み締めて。


「……帰ったら、お説教なんだからね!!!!」


 勢い良く、走り出す。もうヤケクソだった。抵抗できないのなら、もうやるしかない。


 自分は、伊勢美灯子を助けに行く。


 そう決めると、足が軽かった。いつもよりもっと。だから言葉は風邪を切り、走る。ただ必死に。


 聖はその捨て台詞を聞いて、思わず苦笑いを浮かべた。そして思う。ちゃんと怒られたいな、なんて。


「……っ!! 偲歌!! やっと見つけた……!!」


 そこでタイミング良く、見慣れた人物が聖の前に現れた。もし少しでもタイミングが違ったら、喧嘩になってたかも、なんて聖は苦笑いを浮かべる。

 瀬尾せお風澄かすみ。息を切らし、こちらに駆け寄って来た。


「何が起きているのか分かりませんが……とにかく逃げましょう、安全なところまで」

「……」

「そこの貴方も……一緒に参りましょう」


 聖の異能力により蹲る女子生徒にも、瀬尾は優しく声を掛ける。そんな瀬尾の様子に、聖は思わず微笑んだ。

 やはり自分の幼馴染は、とっても優しい子。


「……ボクは行かない」


 聖は口を開き、そう告げた。一瞬だけ瀬尾の動きが止まって、それから顔を上げる。そこにある表情は、信じられないものでも見るような目だった。


「偲、歌……貴方、声を……」

「……うん。ほんとは、ダメだけどね……」


 聖は自嘲気味に笑う。しかし次の瞬間には、真面目な表情に戻った。


「……ボク、やくそくしたんだ。ことはちゃんと。……このさわぎは、ボクが止めるって」

「ことはちゃん、って……あの、生徒会長……? 貴方が、何故? 貴方は、彼女を怖がって、避けていたはず。なのにどうして……」

「……」


 その発言は、尤もだった。自分はいつだって幼馴染を操って、その影に隠れて、どうにか波風を立てないよう、やり過ごして。嵐が去るのを待っていた。

 しかし、それはもうやめたのだ。……嵐が止まないのなら、止めに行けばいい。立ち向かえばいい。……そう教えてくれた。


 面倒だ、とは言いつつも、誰かを守るために動く、あの少女が。

 そして、この学園を愛す、強く逞しく、たまに恐ろしい、あの少女が。


 もう逃げない。


「……みんなはいつだって、ボクの大切なものを、守ってくれた。でもボクはけっきょく、自分のことばっかで、だれも守れない。ボクは、弱いから……でも」


 聖は顔を上げ、瀬尾を見つめる。凛々しく、強い瞳で。


「もう、それは、おわりにする。ボクも……ボクだって、強く、なりたいから」


 強さとはきっと、何も異能力だけのことではない。

 それはきっと、現実に立ち向かう勇気だ。

 そして今の聖には、それがある。

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