怪物の躍進

 明け星学園の理事長、百目鬼玲は、廊下を走っていた。


 伊勢美いせみ灯子とうこの攻撃により、彼は酸欠状態になっていた。頭が痛い、吐き気がする。走る手足もままならない。きっと傍から見れば自分は、どんなに滑稽な様子で走っているのだろうか。……考えただけで、腹の底から怒りと苛立ちがこみ上げる。更に先程まで灯子にかけられていた侮辱の言葉の数々も我慢ならない。言葉が扉を開けてくれたお陰で、少しではあるが酸素を取り入れることも出来た。

 ……それだけの肉体的、精神的エネルギーがあれば、今の彼を動かすには十分である。


(伊勢美灯子に、小鳥遊言葉……!! 予想外だった、伊勢美灯子が私にどんな返答をしようと、こうはならない予測だったというのに……!! くそ、一度体勢を立て直さなければ……!!)


 大丈夫、異能力者だけの世界を作るための準備は、ここでなくとも出来る。今は彼女たちに対抗する策はないかもしれない。しかし、いつかは──。


 そこで彼はふと気が付く。と。それはおかしい。何故なら彼は、自分の計画に協力する異能力者で、まだ役目を果たさせていない異能力者全員を、動員させたはずなのだから。小鳥遊言葉の足止めをする、それだけのために。


 その生徒たちが計画通り動いているのなら、この静寂はおかしい。悲劇が足りない。

 異能力者たちは、今何をしているんだ?


 ──


 それを説明するにはまず、ひじり偲歌さいか瀬尾せお風澄かすみの話をしなければならない。


 少し前、聖は校庭に出ていた。そこで見たのは、惨劇。生徒たちの異能力がぶつかり合う。血が轟き、悲鳴が響き、表情は苦しそうだ。あちこちで轟音が鳴り響いて、耳が痛い。


「ッ……“いのう力者のみなさん、止まって”!!!!」


 聖は必死に声を絞り出し、叫ぶ。轟音や悲鳴に、掻き消されないよう。


 ……だがやはりその声は、一部の人にしか届かない。聖の声を聞き届けて止まる人は、ほんのわずかだ。しかもそのまま止まっていると、他の戦闘に巻き込まれる可能性があった。すぐそのことに気づいた聖は、慌てて異能力を解除する。……しかしそうするとまた、「暴走」を命じられている生徒は、異能力を使い続けるしかなくて。


 このままだと、いつまで経っても騒ぎは収まらない。

 一体何人の人が怪我をするか。いや、もっと最悪のケースも想定される。……本当に最悪、死人が……。


 聖はブンブンと首を横に振った。そんなことを考えてしまったら、本当になってしまうかもしれない。そんなのダメだ。聖はネガティブなことを考えないよう、自分を律した。

 ……だが本当に、早くどうにかしなければ。でないと本当に、最悪の事態になりかねない。


 ──そして、必死に考えていた聖は、気づかなかった。


 自分の背後、異能力での戦いが激化し、相手に当たり損ねた異能力が飛んできていたことに──。


「偲歌!!!!」


 聞き慣れた声に、聖は振り返った。……そしてようやく自分に迫る危機に気が付く。え、と聖は情けなく呟くが、だからといってどうすることも出来なかった。


 聖の異能、「Siren」は、生き物……しかも、言語の通じるものにしか、効かないのだから。

 死を覚悟し、聖が思わず目を閉じた……その瞬間。



 聖を守るように、猛烈な嵐が巻き起こった。



 ……しかし聖には、それがそよ風のようにしか感じられなかった。優しく自分の頬を撫でる……母親の温もりにも似た、その感覚。


「すぅちゃん……!!」

「……遅れてすみません、偲歌」


 聖が目を開いた先、そこには一時的に別行動を取っていた……瀬尾が立っていた。微笑みかけるその表情に、聖は安堵する。

 聖は周りに気を付けつつ、瀬尾に駆け寄った。


「すぅちゃん、だいじょうぶだった……?」

「ええ……比較的人のいない所を通るようにしましたから。……それより、これを」


 そこで瀬尾は、手に持っていたものを聖に差し出す。……それは、使い古されたメガホンだった。聖は受け取りつつも、首を傾げる。


「……これ……何に使うの?」

「貴方の異能力で、ここにいる生徒たちをまとめて止めるのでしょう? ……でしたら、拡声器が最適です」

「でも、これだけで……とどくかな……」

「……安心してください」


 不安を吐露する聖に、瀬尾は自信満々に言い放つ。その力強い口調に、自然と聖の視線は瀬尾に固定された。


「私の風で、貴方の声を運びます」

「……!!」

「私たち2人が揃えば、銅頭どうとう鉄額てつがく!! 心配無用です。私を信じて。自分を信じて!!」


 どうとうてつがく、その意味は、聖には分からなかったが。


「……うん!!」


 力強く、頷く。

 大丈夫。隣に彼女がいれば、聖は、何も怖がることなどない。瀬尾にとっても聖の存在が、まさにそうだった。

 大丈夫。信じられる。隣にいる温もりを。そして……自分自身も。


 聖はメガホンのスイッチを入れた。それから、大きく息を吸い……。





 自らの意志で声を、届ける。

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