貴方は私の星
知らない言葉。でも、確かに耳の奥に残っている言葉。……耳を澄ます。聞き逃してはいけない、と、本能のようなもので悟った。
きっと、忘れてしまった言葉だ。消してしまった言葉だ。でも今、それが色を付けてよみがえろうとしているから。……思い出せ、取り戻せ。
大丈夫、だって僕は、生み出すことも得意でしょ。
『──灯子、悲しませてごめんね。辛い思いをさせてごめんね。こんなことを任せてしまって、ごめんね。でも、どうか、世界を嫌わないで。
確かにこの世界は、悲しくて苦しくて、辛いことばかりかもしれない。……でも、それだけじゃないから。嬉しいことも、楽しいことも、幸せなことも、この世界には沢山ある。……だって私、灯子に会えて、本当に幸せだったもん。灯子に出会えて、本当に良かった』
よみがえっていく。こんなにも鮮明に、声が聞こえる。目を閉じると、景色まで見えてきて。
……ああ、そうだ。どうしてか、消えかけていたはずの僕が輪郭を取り戻した時……その時に言われたことだ。
あの時、彼女は何かを言っていた。……聞こえないと思っていたけれど、忘れていただけだったのか。
『だからね……お願い。幸せでいてほしいの。生きていてほしいな。そうなったら私も、もっと幸せだから。
……貴方は私の星。……だから、どこまでも、輝き続けてね。私が居なくても』
そう言って君は、笑った。誰よりも輝かしく──幸せそうに。
殺してくれてありがとう。きっと……言葉通りの意味だったのかもしれない。彼女は僕のことを、少しも恨んではいない。本気で、ありがとうと思っていたのだろう。
──そして、許してくれたのだ。僕が、幸せになることを。
……なんだ、答えは初めから……貰っていたんだ。
『都合のいい解釈、しないでよ』
するとそこで、声が響き渡る。気づくと僕は、何もない暗闇に立っていて。……声の方を振り返るとそこには──こちらを睨みつけるののかが、立っていた。
『幸せになる? ──笑わせないでよ。人殺しのくせに生きていて、そのうえ、幸せまで求めるの? ……君は本当に、自分勝手だね』
「……」
『君のせいで、僕は死んだ。だから、ずっと苦しんでよ。ずっと僕のことを考えて、罪悪感を抱えて……そして、死んでよ』
「……言われなくても、ののかのことはずっと考える。罪悪感も……抱え続けるよ」
でもね、と僕は続ける。顔を上げ、真っ直ぐに彼女を見つめる。
「──君は、ののかじゃない」
『……』
「僕が自責の念から生み出した……偽物だ。そうでしょ」
……本当は、最初から分かっていた。
だってののかは自分のことを、「僕」だなんて言わない。
すると黙っていたののか……の、偽物は、蜃気楼のように揺らめく。……そしてその輪郭が安定すると、それは……中学生の頃の僕になっていた。……いや、初めからずっと、僕だったんだ。
『確かにそう。僕は、お前だ。そのうえで言わせてもらうけど……本当に、幸せになっていいなんて、思ってるの? お前はずっと、苦しんでいるべきだ。今更僕が、普通の人間になんてなれるわけがない。お前は誰からも愛されない。生きているだけで迷惑だ。……そうでしょう?』
僕が笑う。……確かに、ずっと思っていたことだ。
こんなにも言い当てられるものなのか、と思って、でも僕なんだから当たり前か、と思い直した。
「……そうだと思う。全くもって、その通りだよ」
『……じゃあ』
「でも、僕が願って、ののかが、それでいいよって言ってくれたから」
僕のその言葉に、僕が黙る。
幸せになりたい。幸せになってほしい、と言われた。
誰かを愛して、愛されたいと思った。きっと皆が灯子を好きになる、と言われた。
世界を嫌わないでと言われた。生きていてほしいと言われた。輝き続けてねと言われた。
僕はまだ、やらないといけないことがある。でもそれは、不幸になりに行くことでも、苦しみ続けることでも、死ぬことでもない。
「だから僕は、あの日を乗り越える。……いや、乗り越えないといけないんだと思う」
きっと僕の時間は、あの日から止まったままだ。
このまま生き続けるのなら。……僕は、僕を捕らえる過去と、決別しなくてはならない。
……そうなると結局、今後することは変わらないってことになるけど。
『……他責思考だね』
「……そうだね。でもいつか、自分の意思だって堂々と言えるようになるよ」
『……弱くなったね』
「そうだね、でも、これでいいんだ」
ののかだったらきっと、嬉しそうに笑ってくれる。
目の前にいる僕は、微かに笑う。呆れたような笑みだった。
『……もう、僕が何を言っても無駄か。……後悔しても知らないから』
「大丈夫、もう、後悔しない」
闇が晴れる。光が差す。光源は、あの一番星。
ののかが願いを託した、言葉ちゃんがなりたいと願った、あの星だ。
目の前の景色が、元に戻る。全身を漠然と包んでいた倦怠感は、消え失せていた。今ならどこまでも行けるし、なんでも出来そうだ。
……僕は、納得しているんだ。この決断に。
柵に手を添え、体を起こす。その勢いのまま、歩き出して。
──今度こそ、過去を乗り越えに行くんだ。
……そして。
迎えに行くんだ。幸せな未来を。
【第53話 終】
第53話あとがき
→https://kakuyomu.jp/users/rin_kariN2/news/16818093090543997738
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます