2つの一等星
僕は海中要塞に向かって歩いていた。……少しでも、Smileに関する情報を集めなければ。あいつが今何をしているのか、とか、どこで目撃されていることが多いのか、とか、最近の犯罪歴とか……小さなことでもいい。得られるものは全て得ておくべきだ。
無意識に、足を動かす。もう行き慣れた場所だから、迷うことなく行ける。だからこそ自由に思考が出来るわけなんだけど……僕は頭の片隅から、1つの問いが離れないことに対して困っていた。
本当に、本当に僕は……こうするしか、ないのか?
本当に僕は、誰も愛さず、誰にも愛されることがないのか?
そんなの、決まりきったことでしょう。頭の中で君が言う。そうだよ、そうなんだよね、と返す。……でも問いかけは消えない。僕は……納得が出来ていないのだろうか。
こんなこと、したくないと思っているのだろうか。
誰かを愛したいと、愛されたいと、願っているのか。
……そんなこと、許されないのに。
足元が揺らぐような感覚がする。僕は、いつもこうだ。決めたはずの選択を、いつだって疑ってかかる。本当にこれでいいのか。やり遂げる意思がない。弱い。……あの書類でSmileの顔を見た時は、何も迷わなかったのに。
……墓前先輩のせいだ。
忘れないでくれ。と言われた。忘れようと思った。……忘れられない。消すことが、出来ない。
消すことは、得意なはずなんだけどな。
足を、止める。……どうしてだろう。酷く、疲れた。別に、走ったりしていたわけじゃないのに。
なんだかそのまま歩き続けるのも無理だと感じて、僕は近くの柵に腰かけた。お尻から伝わる冷たさに、少しだけ怯んで。ふわりと風が柵の匂いまで運んできた。かなり、鉄くさい。
ふぅ、と息を吐いて。……ふと、頭上を見上げた。
「……あ」
思わず小さく、声を零す。……そこにあったのは、一番星。
ここは都会だ。街灯も多くて、だから弱い光は負けてしまう。本当はもっと星があるはずだけど、今は一番星しか見えなかった。
……街頭に負けず、あんなにも、光っている。
『私にとって星はね、寂しい時、そっと隣にいてくれる……寄り添ってくれる、そんな存在なんだ。だから、大好きなの』
「……」
ののかの声が、脳内で再生される。……あの日見た星空は、今でも覚えていた。あんなに、星がいっぱいあって。
……今は少ししかないから、寂しいよ。ののか。
でも、あの一番星があるだけ……1人じゃない、ってことなのかな。
『僕は、あの星みたいになりたい』
今度聞こえてきたのは、言葉ちゃんの声で。……あの日の星空も、よく覚えている。夜と朝の間。一番星があんなにも、輝いていた。
あの後言葉ちゃんに言ったことは、変わっていない。……僕は、輝かなくていい。誰も見つけなくていい。……言葉ちゃんが一等星になりたいなら、僕は六等星になりたい。いや、そもそも星になんてならなくていい。
宇宙の中に存在する1つになるのなら、僕は……ブラックホールだろうか。全ての光を飲み込む、暗闇。……僕にお似合いだ。
『だから私ね、灯子のことも、大好きなんだよ』
『ねぇ、見せてよ。僕に、君がどうなるのか』
2つの一等星に語り掛けられる。
ねぇ、ののか。……あの時はよく分からなかったけど、もしかして、僕は君にとっての星だったのかな。僕は寂しい時、君の隣にいられた存在だったのかな。君の寂しさを、埋められたのかな。
言葉ちゃん。……見せた結果がこんなので、がっかりしましたよね。きっと貴方を、失望させた。貴方はあんなにも僕に、心を寄せてくれたのに。心配してくれたのに。……全て無駄骨にさせました。
「……」
関わらなければ良かった。ののかにも、言葉ちゃんにも。……そうすれば、こんな気持ちになることもなかった。
苦しい、悲しい。こんなにも。……何にも報えない、余計なことをすることしか出来ない自分が大嫌いだ。生きていたって、しょうがないと思う。
でも、ののかに出会って、人の温もりを知った。誰かを好きだと思う気持ちを知った。そしてののかを殺してしまって、一度はその気持ちを捨てた。
でも、言葉ちゃんに出会って、もう一度その気持ちを取り戻してしまった。沢山の人に関わって、大事に思われた。信頼を寄せてもらった。……捨てようと思っても、握らされてしまった。……ううん、僕が、手放したくなかったんだ。
人の温もりを知って、愛したいと思うようになってしまった。愛されたいと、願うようになってしまった。一度得たものを、忘れられるわけがなかったんだ。
気づいてしまった。だから僕はもう、二度と捨てられない。……心の灯ったこの温もりを。優しさを、愛を。
……捨てられなく、なっちゃったな。
ああ、弱くなったなぁ、と呟く。自然と乾いた笑みが溢れて。きっとこれは自分に対する嘲笑だ。
ただでさえ生きている価値もない人間なのに、もっと欲しいと思ってしまうだなんて、図々しいにもほどがある。……でも、やっぱり願ってしまう。思うことは、止められない。
ねぇ、僕、幸せになりたいって……思っても、いいのかな。
『……お願い。幸せでいてほしいの』
そこでふと、脳裏に優しい声が甦った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます