大きな壁を越えるために

 ──────────


 海中に沈む要塞、その中で泉たち「湖畔隊」は、密香ひそかから衝撃的な事実を聞かされた。


 灯子とうこの過去。

 Smileの異能力。

 2人の関係、そして2人を中心に行われようとしている計画──。


 それはとても大きな壁で、乗り越えるのは至難の業だ。……だが、止まらないと決めた。目の前にあるのがどんな脅威でも、前に進み続ける。


 泉、カーラ、大智、密香の4人はその意志を共有し、今後どうするのかを考え始めた。


「やることを整理するか。まず第一に、伊勢美いせみのしようとしていることを止めること。そして第二に、誰かが立てたとんでもない計画を止めること、かな?」


 泉の言葉に、3人は頷く。それを見て、泉も頷いた。


「じゃあどうすっかなぁ……優先順位的には、伊勢美を止めるのが先だろうけど……」

「……灯子は、Smileを殺しに行こうとしてる……? ん、だよね……? ……です」

「うん……今日、伊勢美の様子を見てたけど、たぶん間違いないと思う。……全部、諦めたみたいだったから……。たぶん小鳥遊は昨日、それ関連の話を聞いたんじゃないかな……だから、あんなに落ち込んで……」

「……そ、そういえば今、小鳥遊さんがいませんね……」

「……まあ来たところで、今は役に立たねぇだろ。伊勢美のことで落ち込んでるのなら、余計にな。気にしなくていいだろ」


 それを聞きながら、泉は悲しそうに眉をひそめる。……しかし確かに今は、先にやらないといけないことがあった。

 そのためにも、手早く終わらせよう。そう泉は気を取り直した。


「どうすれば伊勢美のこと止められるかなぁ……復讐は何も生まない、とか、陳腐すぎるよね?」

「……そうだな。てかお前以外のここ3人復讐成し遂げてる側だから、止めるために何言っても薄っぺらい気がするけどな」


 悩み始める泉に、密香は容赦なくそう告げる。……横目に見るのは、カーラと大智の方で。その2人は、大きく肩を震わせた。図星だったからである。


 カーラも大智も、自身をいじめていた人間に異能力を振るった。……しっかりやり返しているので、灯子のことをどうこう言えない。そう思ってしまった。

 そして密香は。……泉は、彼が誰に復讐をしたかは、知らない。しかし、本人がそう言ったのなら何かしらしているのだろう、と思った。というか密香は自分に付き合ってくれているだけで、灯子が復讐をすることに対して何も思ってなさそうだ、と思い直した。


「……お前らの過去は消せないし、俺にどうこう言う資格はないと思うけど……でも、起ころうとしてることには流石に……」

「……だったらお前が行けばいいだろ。この中で一番偉そうに堂々と言えるのは、お前なんだし」

「偉そうって何!? ……まあ、皆がそう思うなら……俺が行くか」


 それでいいか? と泉が問いかけると、カーラと大智は気まずそうに頷いた。ひとまず、灯子に関しては泉がどうにかすることに決まった。……どうやって止めるかは、また考える必要があるが。


「じゃあ、俺以外の3人はどうすっか……」

「……別に分けてやる必要もないわけだし、同時並行で進めればいいじゃねぇか。もう一方の方」

「もう一方って……とんでも計画を止めること?」


 泉が聞き返すと、密香はあっさりと頷く。……確かに、向こうがいつ動き出すのか分からないからこそ、同時並行は悪くないとは思う。

 でも、と泉は思う。……危険なんじゃないか、と。


 人造の異能力者を作ろうとしているくらいだ。倫理観など到底持ち合わせていないだろう。……そんな相手と渡り合うだなんて……。


「大丈夫だろ。一応こいつら、めちゃくちゃ強いし」

「いや、それはそうだけど……ていうかお前が人のこと褒めんの珍しいね……。……みこととパレットは? 密香がいるにしろ……大丈夫?」


 泉はカーラと大智を見つめながら問いかける。その問いかけに2人は顔を見合わせ……そして泉に視線を戻すと、頷いた。


「不安しかないけど、やるです!!」

「ッ、ぉ、大船に乗ったつもりで!! 任せてくださいッ!!」


 2人の気合は十分だった。……多少の不安は残るが、そこまで言い切れるのなら、泉に言えることはなかった。


「……分かった。じゃあ、任せた。……密香も、任せたぞ」


 微笑む泉は、密香に対してもそう告げる。しかし密香は、あ、俺はパス。とあっさりと言った。その言葉に、固まる3人。


「俺はお前に付いて行く。……伊勢美と戦闘になったとしたら、俺がいた方がいいだろ。お前すぐ死にそうだし。……死なれたら目覚め悪いからな」

「「……」」


 カーラと大智は青ざめる。確かに、密香がいれば泉は確実に大丈夫だろう。2人は泉に恩を感じている。だからこそ、泉に死なれては困る。

 ……だけど、こちらに密香が来ないとなると……不安は大きい。正直さっき大口を叩けたのは、密香も来るという後ろ盾があったからだった。


 しかしそんなことを知っていながら、密香はいい笑顔で告げる。


「お前らが大好きな隊長に任せられたからには、今更『やれません』なんて言わないよなぁ?」


 2人にもう選択肢は残されていなかった。大人しくはい、と頷く以外。


 そんな2人に、密香は満足げに笑った。泉はあんまりいじめんなよ……と呆れたように言う。彼が楽しんでいることは一目瞭然だった。

 だが密香はすぐに顔から笑みを消すと、先程まで楽しそうだったのが一気に転じて、静かな声に変わる。


「……つっても、急に黒幕に突っ込みに行くわけじゃねぇんだから、そんな気に病むなよ。何が起こってもいいように情報収集とか協力者集めとか、そういう事前準備が第一なんだし」


 密香のその言葉に、2人は露骨にホッとしたように表情を綻ばせた。なんというか、どこか緊張感がないが……緊張しっぱなしでいられても苛つくだけか、と思い直した。


「そうそう、準備無しに行ってもやられるだけだろうしね。……ていうか、黒幕が誰なのかも分かってないし……。そもそも、黒幕はどうやって伊勢美を従わせようとしてるんだろう? 伊勢美はそういうことに加担しそうな気がしないけど……」

「復讐はしようとしてるけどな」

「そうだけど、それはちゃんと理由があるから筋は通るじゃん。……そこら辺も考えないとね」


 泉はため息を吐く。そして苦笑いを浮かべて。


 今日は徹夜だなぁ、と小さく呟いた。

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