出会ってしまったから

 ……そう、思っていた、のに。



「──とうっ!!」



 出会って、しまった。



 明け星学園の生徒会長、小鳥遊たかなし言葉ことは。……彼女を一目見た時、ののかのことを思い出した。


 その顔にはいつも、笑顔があって。いつも騒ぎの中心にいて、自由奔放、人の事情などおかまいなしに振り回してくる。……そして、誰よりも優しい。時には自分を犠牲にしてでも。

 嫌々でも関わるようになって、余計にその既視感のようなものは強くなった。


 目立たないようにしようと、思っていた。僕はいつか、人を殺す。そんな僕に、馴れ合いなどは不要だ。そんな時間があれば、強くなるべきだと思った。ていうか、今後殺人犯になる人間と仲良くなっていた人たちが可哀想だし……もしまた、誰かのことを大事に思うようになってしまったら……それは絶対に、足枷になる。


 僕は、あいつと同じ土俵に立たないといけないから。

 そうしないと、絶対に殺せない。


 誰のことも、愛してはいけない。誰のことも、信じてはいけない。常に自分のことを、そして彼女のことを考えろ。そしてあいつへの憎しみを忘れるな。


 だから決めた。僕は、小鳥遊言葉を殺す。


 彼女と似ている言葉ちゃんを殺すことが出来たら、僕はもう二度と……元には戻れない。正常な人間ではなくなるだろう。それで良かった。それが良かった。


 ……でも、無理だったんだ。


 あの日、言葉ちゃんが木の上から飛び降りて来た日……あの日、あの瞬間から、もう全てが狂ってしまったんだ。


 言葉ちゃんに喧嘩を吹っ掛けた持木もてぎくん。僕に話しかけてきたココちゃん。一緒に事件調査をした墓前はかまえ先輩。体育祭で切磋琢磨した雷電らいでん先輩。優しく花を愛でていたひじり先輩。譲れないものを持っている瀬尾せお先輩。

 驚異的な強さを見せつけてきたいずみさん。文字通り個性豊かなカーラさん。泣いてばかりだけどとても強い大智だいちさん。口が悪いけどサポートに長けている忍野おしのさん。誰よりも死に近くて誰よりも生きているあいさん。いつもありのままの僕を受け止めてくれた春松はるまつくん。


 ──いつも、僕がどれだけ突っぱねようと僕から手を離してくれなかった、言葉ちゃん。


 僕はもう、出会ってしまったんだ。沢山の──大事な人たちに。


 ののかのことだけを考えると、決めていた。でも、意志が弱い僕には、出来なかった。……気づけばこんなに、沢山の人への思いを抱えてしまっていた。抱えていることにすら、気づかなかった。気づいた時には、もう遅かった。


 ののかのことを考える時間が減った。

 あの人との約束が楽しみだと思うようになった。

 何かを見て、これはあの人が好きそうだと思うようになった。

 学校が楽しみにだと思うようになった。

 明日は何をしようかと考えるようになった。

 ──楽しいと、思うようになった。


 気づいたら僕はこんなにも、人生を楽しむようになってしまっていた。何の罪もない、純粋な人間のように。


 ……僕は、許されるはずがない人間なのに。

 なのにこんなにも、普通の人間のように、なってしまって。


 ……僕はいつの間にか、「許されたい」と思うようになってしまっていたようだった。昔のことなんてなかったみたいに、新しい人生を歩みたい、と。この人たちといつまでも幸せに、笑い合いたい──。

 でもそれは、許されないことだった。


 僕は、Smileと再会した。……書類越しだけど。でもそれで、どうしようもなく察してしまった。


 ──僕は、逃げられない。わき道にそれることも、戻ることも出来ない。

 最初に決めた道に、進み続けないといけない。それ以外は、許されない。


 ──そうなんでしょう。ののか。


『そうだよ。君が誰かを愛するなんて、愛されるなんて、おかしい』

『君は誰かに思われる価値もない』

『普通なんて望んだらいけない。楽しむなんてもってのほかだよ』

『──お前は、許されない人間だ』


 そうだね。分かっていたのに、望んでしまった。

 間違っていたんだ。今までの僕の全部が。

 だからせめて出来ることをやり遂げて、そして消えないといけないんだ。


 全て、なかったことに。初めから存在しなかったことに。それが正しい。僕にはそれしか出来ない──。



『──皆、お前のことを心配してる。お前のことを、大事に思ってる。……それを絶対、忘れないでくれ』

『……きっと皆、とうこのことを好きになる』

『どうか、世界を嫌わないで』

『生きて──』





 ──本当に?

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