第53話「六等星は輝く。一番星の如く」

この心と一番近いところへ

 ずっと、消えたいと思っていた。


 否、思っていた、というのは間違いだ。過去形ではない。現在進行形だからだ。

 でも僕が彼女と、もう二度と出会えなくなってしまった後。その気持ちが一番強かったのは、その時だ。


 もともと何かをする際に活力を出すようなタイプではないが、もっと活力が減った。寝ることも、食べることも、清潔さを保つことも、全てを放棄していた。ただ呼吸をしていた。何故呼吸をしているのかと思った。

 僕なんかに、生きる意味はない。死んだ方がマシだ。


 でも誰も、僕を裁いてくれる人はいなくて。どういうわけか、僕を取り囲む大人たちは、僕を生かそうとしていた。


 異能力が、とか、造る、とか、そういう話も聞こえてきたけど、僕には意味が分からなかった。というか、分かりたくもなかった。どうでも良かったし。

 そんな無気力な僕の扱いに、大人たちは困り果てていたようだ。どうにかして、活力を出させようとしていた。……でも、全部無駄だった。僕にはどんな言葉も響かなかった。


 感じる心を、失ってしまったのだろう。

 そう、思っていた、けれど。


「いつか、にまた会えるかもしれない」


 誰かが僕に告げたその言葉が、耳に残った。


 異能力者。ののかが死ぬ原因となった男。液晶画面が顔の男。いつも薄気味悪い人工の笑みを浮かべている男。

 あいつに。


 その瞬間、僕は生きる理由が出来てしまって。


 あの異能力者──Smileを殺す。復讐をする。

 ……それが出来たら、僕も死のう。


 そう、決めた。



 そうなると、僕は強くならないといけない。身体的にも、精神的にも。……せっかく得た異能力もあるのだ。しかも、この異能力はかなり強い方であるらしい。だったら生かさないという手はない。

 Smileに出会った時、僕は何も出来なかった。彼から感じる恐怖に震えるしかなく、一度は動くことが出来たものの、何も結果は残せていない。……今の僕では、あいつを殺せない。


 では問題は、どうやって強くなればいいのか。ということで。自力で訓練するのもいいだろうが、生憎今まで僕はそういったことに触れて来なかった。何をすればよいかも見当がつかない。


 明け星学園への転入が決まったのは、そんな時だった。……世界で唯一の、異能力者による、異能力者の学校。どういう運命か、僕とののかが喧嘩をするきっかけにもなった高校だ。僕の自業自得とはいえ、少しの恨みを感じないでもないが……この高校は、異能力の扱い方を学ぶことが出来るようだ。だから、強くなるには丁度いい。

 そんな都合がいいことがあってもいいのか、と思ったが、どうやら大人たちも僕に強くなってもらった方が都合がいいらしい。まあ、利害が一致しているのなら、それに越したことはなかった。


 転入する前日、僕は学校と用意された新居の見学に赴くことになった。服装はなんでもいいとのことで、前行くはずだった高校の制服を身に付ける。1日しか行かなかった高校の制服なので、当然新品のようだ。


 姿見の前に立つ。やはり地味だな、と思った。……ののかに見られたら、怒られそうだな。せめて髪を結んだりしようよ、とか、制服もアレンジしちゃお、高校生らしく!! とか言ってそう。……そんなことを考えて、1人で笑った。


 彼女のことを殺した僕に、そんなことを考える資格はない。

 ……分かってる、けど。でも。


 僕はヘアゴムを手に取る。一度、彼女に髪を結んでもらった時。そのまま返しそびれたヘアゴムだ。

 僕はそれを手に取り、手で髪をまとめ始める。そしてかつて彼女にやってもらったように、2つのお団子を作ろうと試行錯誤し……。


「……あれ」


 上手く出来ない。なんというか、ボサボサだし、高さも左右で合っていないし、大小も違う。……不器用な人間がやりました、と主張していた。いや、間違いではないのだが。ていうか、髪を結ぶとかやったことないし……。

 その後、何度もトライしてみたが、やがて諦めた。僕には無理だ。


 だけど試行錯誤していくうちに、お団子だけは出来るようになった。だから後頭部でお団子を1つ作る。……うん、悪くないと思う。


 次に僕は、胸元のネクタイを解いて捨てた。……代わりに取り出したのは……ののかがお団子を留めるのに使っていた、1本のリボン。ののかの遺品として受け取った、唯一のものだ。正直、貰えるとは思っていなかったから驚いていた。もう一方はないが、でも1本あるだけでも嬉しい。


 僕はそれを首に回し、Yシャツの襟の下に通す。紐の両端を持って手を動かし……胸元で、蝶々結びをした。


 ……うん、結構いいんじゃないか。僕はそう思って、自然と微笑んでいた。だけどそれに気づいて、すぐ笑みは消して。


 僕は小さく深呼吸をする。気持ちを落ち着かせて、改めて姿見を見て。


「……は、伊勢美灯子。私はこれから、あいつを殺すために……全てのことを、利用する」


 声に出し、鏡の前で宣言する。もう、一瞬前までの僕はどこにもいない。新しい「伊勢美灯子」になる。

 目的を達成する。それだけのために、生きる。他のことは考えない。考えている暇などない。……僕は君のことだけを考える。君のためだけに、生きる。だからもし、誰かと関わることがあろうと、心を開いたりなんてしない。そうするときっと、弱くなる。


 ……僕に、君を思う資格はない。分かってる。だけど……どうか、許してほしい。君を思うことを。君のことを、考えることを。


 誰かを思うことなんて、くだらない。誰かを信じることなんて、くだらない。……そう思うけど、でも君には、君にだけは。僕は……この心をあげたいと、そう思うのだ。



 だから、君と似たような髪型にして。

 だから、君と同じ一人称にして。

 だから、君からもらったリボンを、心と一番近いところへ。



 これから僕は、君のためだけに生きるから。

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