忘れないでくれ
「そんな悲しそうな、寂しそうな顔で友達突き放してるお前見て、離せるわけないだろ!!!!」
僕の目の前にいる墓前先輩が、叫ぶ。
「俺には何も出来ない。動かない方が良いって分かってる。でも、放っておくなんて無理だった!!!! 知ってるのに、動かないなんて出来るわけなかった!!!! ……どこに行こうとしてるんだよ、お前は……何をしようとしてるんだよ、お前は……!!!! ……それはっ、お前が大事にしてるもの全部投げ捨ててまでしないといけないことなのか!? それでお前のことを大事に思っている人が落ち込んでても、泣いていても、何も思わないのか!?」
「ッ……」
泣いていた。墓前先輩が。そしてこんな僕のために、必死に言葉を吐き出している。
ふと、顔を上げた。見慣れた人たちが、目に写って。……ココちゃんは半泣きになっているし、持木くんは、怒っているような、戸惑っているような……そんな複雑な顔をしていて。
その他にも、こちらを見つめている人の中には……少し顔を合わせたり、話したことがある人が、沢山いる。皆、戸惑ったように、悲しそうに、こちらを見ている。
……やめて。そんな目で、見ないで。
「……そうですよ。そうでもしてしないといけないことが、あるんです」
「……伊勢美……!!」
「何も……何も思うわけ、ないじゃないですか。ああ、強いて言えば……鬱陶しい、ですかね」
笑う。声が震えないよう、腹の底に力を込める。
駄目なんだ、僕は、優しい人じゃないから。
「分かったでしょう。……離してください。それとも、実力行使、しましょうか」
「……」
墓前先輩は零した涙に構うこともなく、僕を見つめている。見て、いられない。
「……ごめん、俺には、助けられなかった」
墓前先輩が僕の腕からするりと手を離しながら、小さな声で告げる。僕には、その言葉の意味は分からなかった。
というか……今のは、僕に向けられた言葉ではなかった気がする。
でも、そんなことどうでもいい。離してもらえたのなら、都合がいい。僕はこの場から立ち去るだけだ。
「……でも伊勢美、1つだけ、忘れないでくれ」
僕の背中に、震えている、でも、確かに芯の通った声が届く。僕は足を止める。止めてしまう。どこにも行けない。
「──皆、お前のことを心配してる。お前のことを、大事に思ってる。……それを絶対、忘れないでくれ」
「……」
うそつき。
僕は心の中で吐き捨てる。そして今度こそ、歩き出した。
見られていると思う。こちらを案じるような、そんな視線が向けられていると思う。
でも、見ない。振り返らない。見てはいけない。……僕には、そんな資格はない。
……もう、疲れたな。
でも、もう少しで終わる。もう少しで、全てが。
だから、まだ目を閉じるな。しっかり立ち続けろ。
──それが出来ないのなら、それこそ僕は、生きている意味はない。
小鳥遊言葉はその光景を、少し遠くから見ていた。
あの輪の中に、入れない。いつもなら率先して入るし、なんなら先頭に立つというのに。
『──皆、お前のことを心配してる。お前のことを、大事に思ってる。……それを絶対、忘れないでくれ』
糸凌が告げたその言葉を、思い出して。
「……私は、そう思えないよ……」
心に嘘は吐けない。どうしても心が、あの少女を拒絶する。
その〝皆〟の中に、私はいない。
どうして皆、彼女を嫌わないでいられるのだろう。あんなに酷い扱いをされたのに。一方的に、付き離すような……。
もちろん、分かっている。自分は灯子を嫌いきることは、出来ない。でも、もう好きだなんて思えない。でも彼女と関わってきた日々が、彼女の愛おしさを叫んでいる。
でも、もう無理なんだ。「心配してる」だなんて、「大事に思ってる」だなんて、もう絶対、思えないんだ。
……分かってしまう。きっと彼らは、灯子の過去を知ろうが、まとめて受け止めてしまう。何かしらは思うにしても、最終的には彼女を、許すのだろう。
出来ないのは、自分だけだ。
「……っ……」
口から漏れるのは、嗚咽。瞳からは枯れない涙が溢れ出して。
「……嫌い……ッ、全部、嫌いっ……!!!!」
小さく、叫ぶ。拒絶の言葉を。
誰も、いない。誰も、手を差し伸べない。だって全ては、変わってしまった。
彼女の愛した日常は、もう、消えてしまったのだから。
【第52話 終】
第52話あとがき
→https://kakuyomu.jp/users/rin_kariN2/news/16818093090204967453
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