第2章 朝は来る
第12.5話「During the case 1」
電話の相手
肌寒い部屋だった。部屋に呼ばれた男はそんな風に思う。
目の前には、若い男が座っていた。書類を片手に、何が面白いのか、笑いながらそれを見つめている。
彼の背後には大きな水槽があり、そこでは色とりどりな魚が悠々と泳いでいた。いや、水槽というか……この部屋自体が水中に沈んでいるだけなのか。男は認識を改める。あくまで沈んでいるのはこちらで、一面だけが透明な窓になっているからそう見えるだけなのだ。
だが男にとっては、そんなことはどうでも良かった。それより気になるのは、今の状況である。
緊張に脂汗が滲む。無意識に右足の爪先が床を叩く。目の前に座る男のことを、薄目にしか見ることが出来なかった。
「……よーし、チェック終わり」
すると目の前にいる男がそう声に出した。すぅ、と息を吸うと、男は目の前の男に歩み寄る。
差し出された書類を受け取ると、目の前の男は笑った。
「おめでとう。これからお前は日の目を見ることが出来る。……これからの活躍に、期待しているよ」
「……」
はい、という男の吐息のような返事は、目の前の男に届いたかすら分からない。だが彼は笑って頷いてくれたので、届いたのだと分かる。
「……ありがとうございました」
男は小さく呟き、素早く頭を下げると、足早にその部屋を出て行った。よほど早く出たかったらしい。勢い良く閉まった扉の音は、大きく響いた。
取り残された若い男は、思わず苦笑いを浮かべる。確かに自分は嫌われやすいけど、ここまでとは……といった具合だ。
椅子に深く腰掛け、背中を預け、大きく伸びをする。無機質な天井が目に入って億劫だった。背後を見れば水族館よりもっと自然な海が見られるが、わざわざ体を捻るのはもっと億劫だった。
「……お疲れですね」
すると背後から声が響く。背後、というか、部屋の隅だった。丁度窓の真横、光が当たらないところに……男が立っている。
もちろん若い男は彼のことを知っているので、特に驚いたりはしなかった。まあな、と一言だけ返しておく。
一仕事終えたことだし、仮眠でもすっかな、と思ったところで、ヴーッ、ヴーッ、と音が響く。着信音だった。
バイブモードのせいで動いてしまい、目の前の机から落ちそうになったスマホを、慌てて若い男が体を起こしてキャッチした。だがその拍子に床にひっくり返り、派手な音が響く。……背後にいる男は特に助ける様子もなく、ただ呆れたようにため息を吐くだけだった。
若い男は倒れつつも液晶を眺める。そこに記されていたのは、見知った懐かしい名前だった。彼はすぐに応答を押し、スマホを耳に当てる。
「もしもーし」
『……あー、先輩!?』
「久しぶりだな~、でもお前から電話なんて」
『うん、久しぶり久しぶり!! ごめん今切羽詰まっててさぁ……うわっとぉ!? 危ないなぁっ、ッ!!』
「……はははっ、何してんの?」
『……何笑ってんの先輩!! こっちは大変なんだよぉ!? ……それで、用件だけ説明するね!! 学園で異能力犯罪者が好き勝手してる!! 仕事しに来て!!』
本当に用件だけ説明された。電話は切れ、残るのは黒くなった液晶画面。そこに映る自分の顔。
彼は体に勢いをつけ……その拍子で立ち上がる。そして椅子に掛けていたジップアップパーカーを……羽織った。
「行くよ」
「……どこまで?」
端的な質問に対し、若い男は笑いつつ振り返る。
「母校」
端的な回答に、質問を投げた男は露骨に顔をしかめる。その理由を知っている若い男は声に出して笑い、そして視線を前に戻した。
「さぁ、仕事の時間だ」
第12.5話あとがき
→https://kakuyomu.jp/users/rin_kariN2/news/16817330662921765469
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