お前は間違っている
「……ロマンチストですね」
「話の感想それかよ……まあ、自覚はある」
そして私はやはり、その話に共感は出来ない。納得することも出来ない。だから、「分からない」。
心が、理解を拒む。
苦しいこと、悲しいこと。……そんなの、無い方がいいに決まっているじゃないか。
「伊勢美、断言するよ。お前はこれから、とても深い悲しみと苦しみに襲われる。それで心が折れるかもしれない。二度と立ち上がれないと思うかもしれない。暗い闇の底で、1人だと感じるかもしれない」
「……」
突然彼は立ち上がり、私に向けてそう告げる。
私にとって残酷な、そんな事実を。
「……どうして、分かるんですか」
「お前自身が選んだ道だから」
はっきりと、断定される。そんな、わざわざ私が苦難の道を選んだと、そう言いたいのだろうか。
だがそう思うには、彼の瞳は真っ直ぐで、聡明過ぎた。
「道を選ぶって、そういうことだろ。自分で自分に課す苦しみを、そうやって決めているんだ。まあ、それがどれだけのものかまでは俺も知らないけど。……でもお前の選んだ道は過酷だって、何となく分かる。言葉さんの実力を上回りたいって言ってるくらいなんだから、楽な道なわけがない。……自分でも、分かってるんだろ」
「……」
私は、小鳥遊言葉を殺さねばならない。
その道は、酷く険しい。分かっている。それは覚悟していた。でも、それ以外にもあるというのか。かなしみ、くるしみ、くらやみ。
……まだ、なのか。どれほどの痛みを、耐えればいいのか。思わず、俯いてしまう。
「でも、もう1つ断言出来ることがある。……お前の持っている傷が、優しさが、周りの人から貰った温もりが、きっとお前の征く道を照らしてくれるよ、伊勢美」
その明るい言葉に、私は顔を上げた。……そこには、春松くんの笑顔があって。
「苦難を超えるのに、
そして、と言い、彼は杖を取り出す。
「──その鍵をもっと簡略化して、使いやすくするのが、きっと俺の役目だ」
支えられている、とは、常々思っている。
私が無理をしていると知ったら、心配して、励ましてくれた友達、先輩、先生たち。
武器と、戦い方を教えてくれる彼や、隊の皆。
隣で私を信じてくれている、言葉ちゃん。
もっと過去は……正直、振り返りたくない。
それらが私の道を照らすなんて、鍵になるなんて、そんなの、到底思えなかった。
「……私には、そうは、思えません……」
「……そうか」
抵抗するように声を絞り出すと、あっさりと言葉を返される。すると彼は少し黙ってから、俺もそう思ってたよ、と小さく吐き出した。
その声には、どこか悲しみが滲んでいた。
「世の中は俺みたいなやつに優しくなくて、辛いことばかりで、俺はこの世界にいてもいいのか、もっと別の場所があるんじゃないか。そう思って、死のうと思ったことだって少なくない。……でも、傷を負うような出来事があったから出会えた大切な人がいるし、生きる意味だって出来た。……こうしてお前にも会えてる。実際、今のお前には俺が必要だろ」
「必要……と言い切るのは、少し抵抗があります……」
「……はは、そうか」
私の小さな抵抗は、物ともされない。笑って、躱される。
「だからまあ、どう転がるかは分からないんだ。俺たちに出来るのは、精々足掻くことだけ。絶対上手くいくなんてことはないけど、その経験は、力になるよ」
「……そう、ですか」
「別に、受け止めなくてもいい。違うと思うなら違うで。……でもその時は、お前の持論を持って来いよ。それで、お互いの気が済むまで議論すればいいだけの話だ」
その言葉に私は固まって……それから思わず、少しだけ吹き出してしまった。すると春松くんは驚いたように目を見開き……何だよ、と、不満げに呟く。
「いえ……散々偉そうに色々言って来たのに……最後はそれで締めくくるのかと……」
「偉そうって思われてたってことに色々言いたいが……飲み込んでやるよ。俺は、伝えたいことを伝えただけだから」
お前は、さ、と、彼は、不意に言葉を詰まらせる。不思議に思って私が首を傾げると、春松くんは意を決したように言った。
「──今のお前は、暗かった頃の言葉さんに似てるよ。……少しでも選択を間違えたら、どんどん暗い方に行ってしまうような……そんな、危うい感じがする」
「……」
「助けたいなんて、俺は言わない。言う資格もない。だから……もっと周りに目を向けろよ。俺に言えるのは、それだけだ」
そう言うと、春松くんはブレザーのポケットからスマホを取り出す。そして……あーっ!? と、悲鳴を上げた。
「やっべ、もうこんな時間……!? ああああ確実に遅刻だ……!!」
「あー……8時少し前ですね。今から急げば、間に合うのでは……?」
「いや、幼馴染迎えに行かないといけねぇんだよ……あーッ、あいつ、自分で起きてくれたら楽なんだけどな……!!」
先程までの大人っぽいというか、いや、大人を通り越してもっと、達観していた春松くんは、一気に年相応な感じに戻る。
……というか、自力で起きられないらしい幼馴染……。
春松くんは焦った様子で、大きく杖を振るう。……すると杖の長さが伸び、何か筆の毛先のようなものが生える。これは……。
「……箒……」
「悪いな、伊勢美。また放課後!!」
一方的にそう告げると、春松くんは勢い良く屋上から飛び降りる。そして箒にまたがり、物凄いスピードで空に駆け上がっていく姿を、見た。
私はただ、見ていた。
「……見れば見るほど魔法使いぽいな、あの人」
本当に言いたいことはそんなことではないと、分かってはいる。
春松くんから言われたことが、重く深く、私の心に残っている。
『……お前の持っている傷が、優しさが、周りの人から貰った温もりが、きっとお前の征く道を照らしてくれるよ、伊勢美』
その言葉が、頭の中を回っている。
そう思える日が、来るのだろうか。それとも、一生思うことはないのだろうか。
彼の言葉は、私が言うどんなことよりも、きっと説得力があって、なんだか、「正しいこと」を突き付けられているような気がする。
お前は間違っていると。
そう。
「……間違ってるなんて、そんなの……」
呟く。
「僕が一番、分かってる……」
声が、零れ落ちる。
間違っている。自分は許されない人間で、正しくない人間で、何をしても、何を言っても、それは間違っている。
存在していることが、全ての罪だということも。
自分さえ、いなければ。
泣きそうになる。嗚咽が腹の底からこみ上げ、喉を通り抜けようとする。……しかし、押し殺した。
そんな無駄なことにかける時間はない。
そもそも、そんな資格はない。
強くなれ。
どんなことに直面しようと厭わない、覚悟を決めろ。
──私は、顔を上げる。
私の冷めた瞳には、私とまるで対極的な朝日が、爛々と写っていた。
【第29話 終】
第29話あとがき
→https://kakuyomu.jp/users/rin_kariN2/news/16818023213708099992
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