魔法少年の願い

 春松はるまつゆめは、壁に寄りかかるように座っていた。そして彼の膝の上では……伊勢美灯子が、ぐっすりと眠っている。夢がその肩を撫でると、温かな体温が伝わっってきた。


 夢はもう片方の手で、スマホを操作する。……先程まで見ていたページには、「404」。……既にこのページは存在しないと、そう表示されていた。


 ……正直、出来るかどうかは五分五分だと思っていた。本人にも忠告した通り、ネットの情報を消すのは……難易度が高い。無数の情報が存在しているというのもそうだし、情報というのは形がなく、存在が掴みづらい。理解しきれないものには、異能力が上手く作用しない可能性がある。


 運良く成功するか。異能力が空振りし、代償によって消滅するか。どちらに転んでもおかしくないと思っていた。


 いざ消えそうになったら、気絶させてでも止めようと考えていた。だが、もしそれが間に合わずに彼女が消えてしまったら、その時はその時だ。彼女はそれまでだった、というだけだ。そんな覚悟すら、していた。


 少しだけ魔法を使いズルをし、全ての情報が消えたのか、確認する。……答えはYES。

 彼女は、成功して見せたのだ。どこか気迫迫った執念にも見える気の強さと、成長の過程で携えた実力を以って。


「……危ういな、本当に、お前は」


 初対面の時にも、言ったことだ。あの時彼女は、どういうことだと言わんばかりに聞き返してきたが……。今は心地良さそうに眠っているため、何も言わなかった。


 危うい。彼女は、初めから強かった。しかしそれは、異能力だけ。本人はその力を使いこなせていない。戦い方を知らない。だから弱い。……しかし、生き残って来た。そこにはきっと、譲れない思いが、彼女の中にあるから。だからこそ、その力の大きさに振り回されてしまって、誰もが望んでいない展開になってしまったら。──そういう意味での、〝危うい〟。

 今は、こうして自分が教えられることを教えて。それで彼女が力を使いこなせるようになって。戦い方を知って。……彼女は、その強大な力を使いこなすようになってしまう。彼女の望むがまま、思うがままに。その時、彼女はもっと〝危うい〟存在になる。


 もし彼女の中にある譲れない思いが、俗に言う〝悪いこと〟だとしたら。彼女は……平穏な世界に牙をむく、脅威となる。


 強くさせたのは、紛れもない自分なのだが。こうして彼女の実力を目の前で見せつけられると……思わず鳥肌が立つのが、分かる。前回勝てたのも、正直ギリギリだったのだ。今戦ったら……自信がない。もし魔法を駆使しても、敵うかどうか。

 何より、自分はこの少女を恐れ始めている。それが全ての答えだろう。


 ……それでも、言葉を守りたいと告げた……あの真っ直ぐな、光の灯った瞳は、信じられると思った。あれが嘘だとは思えない。しかし、いつどのタイミングで、何がきっかけで消えるかは、分からない。


 彼女は、自分は間違えるのだと、そう言った。でも夢には分かる。彼女は、まだ戻れるところにいる。

 だから自分に出来るのは、彼女をこちらに繋ぎ留めることだけ。それがどれだけ必死で、無様に見えてでも。


 ……それだけしか、出来ない。


 まだ粗削りで、しかし、完成が近づいているこの少女が、一体どうなっていくのか。分からない。恐ろしいけれど、どこか楽しみなような気もした。


 ……願わくばこの少女と、少女が救いたいと言った少女、2人が、一緒に幸せになってくれますように。


「……仕方ない。頑張った弟子のために、俺も一肌脱ぐか」


 夢は自身を奮い立たせるように呟き……魔法の杖を振るう。そして。


「……〝彼女たちが傷つくような情報が、勝手に消えるようになーれ〟」


 温もりを込めた声で、そう唱える。


 魔法の杖から溢れた光は、夢のスマホに吸い込まれ……消えた。

 これでもう二度と、言葉が傷つくような情報が、ネット上に出回ることはない。


 また出回ったら、二度手間だしな。そう思いつつ、夢は自分の体が重くなっていくのを感じる。それなりに大きなことをしたし仕方がないかと、夢は目を閉じた。

 これがどう転がるかは、分からない。でも、きっと少しでもいい方向に進んでいるのだと……そう、夢は信じた。

 きっと最後は、ハッピーエンドが訪れるのだと。





【第40話 終】





第40話あとがき

https://kakuyomu.jp/users/rin_kariN2/news/16818093081660441198

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