大丈夫、
小鳥遊言葉は、明け星学園にいた。もう数日は家に帰っていない。今家に帰れば、家の周囲をマスコミに囲まれることは目に見えているからだ。だったら、ずっと学校にいる方が都合がいい。家もバレないし、この学校は人が生活できるだけの貯蓄も設備も整っている。
泉はいない。彼は海中要塞の方に行っているから。今は、言葉1人。
使わせてもらっている空き教室で、言葉はため息を吐いた。
現状に疑問を抱いてしまう。何故、悪くない自分たちが頭を下げ、ここまで自由を阻害されなければいけないのだろう?
確かに、異能力者に対する偏見はある。
しかし、そうは問屋が卸してくれないのが現状で。
明確に叩くべき対象が出来て、世間は喜んでいる。そんな感覚がする。明け星学園が、異能力者が変にはしゃぐから、こういったことが起きたのだ。危険人物が入り込んで、沢山の人を危機に晒した。異能力者が悪い。……そんなめちゃくちゃな理論が、通ってしまっているのだ。
スマホは見ていない。そこでどんな支離滅裂な議論が交わされているか、考えるだけで怖いし、精神を追い詰めるような記事が少しでも目に入ったらと思うと、とても見る気にはなれなかった。今必要なことは、全て泉が直接伝えてくれるし、自分も何か必要があれば直接伝えている。今はそれでどうにかなっているし、十分だった。
だから、知らないだけで、きっと様々な人からのメッセージなどが入っているのだろうな、と思う。無視しているのは申し訳ないが。
──いや、そもそも、こんな私のこと、どうせ誰も気にしてないよね。
言葉は本日何度目かの吐き気に襲われた。口を手の平で抑えて、ゆっくり深呼吸をする。気分が、悪い。
当たり前だ。あれだけ様々な人の目に晒され、一瞬たりとも気が抜けない。この1週間は、ろくに安眠も出来ていない。……常に緊張感を持っている。少しでも気を抜けば、崩れる。壊れる。
そうなっては、いけない。
「……大丈夫、僕は、小鳥遊言葉だから……明け星学園の生徒会長の、小鳥遊言葉だから……」
大丈夫、大丈夫。彼女は1人、呟く。大丈夫って言い聞かせてる時点で大丈夫じゃないでしょ、と叫ぶ心の中の自分を、殺して。
大丈夫。大丈夫に決まってる。だって私は強くなった。こんなことなんてことない。笑顔で乗り切れる。それで皆とまたもとの日常に帰るんだ。大丈夫、全部元に戻る。今頑張れば。今が踏ん張り時だから。私が頑張ればいいんだから。大丈夫、だって明け星学園の生徒会長は、皆の頼れる存在。最強なんだから。だから私もそうなれる。大丈夫、出来る、もっと頑張れば。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫──……」
ぽたり。頬を伝った汗が、教室の床に落ちた。ぞくり、と、背筋が震える。体を、体液が伝う感覚。……気持ち悪い。
声が、出なかった。大丈夫、違う。今は私1人だ。何も問題なんてない。何も起こっていない。大丈夫。
震える体を抱きしめて、彼女は冷たい床に横たわる。鼓動が早くて、このまま死んでしまうのではないかという不安も、嫌に上がる体温も、全て消えることを願って。
目を閉じる。
大丈夫。心の中でも繰り返していた。大丈夫だって、思わないと、言い続けないと。
──本当に、大丈夫じゃなくなってしまうだろうから。
「……たす、けて」
意識の落ちる直前、弱々しく彼女が呟いたその言葉は、誰にも届かなかった。
【第39話 終 第40話に続く】
第39話あとがき
→https://kakuyomu.jp/users/rin_kariN2/news/16818093081182684953
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます