絶対勝つ

「……こんな未明にお時間を頂き、本当にありがとうございます」

「ああ。全くだ。……それで? どのような要件だ」

「……」


 泉は事前にコンタクトを取ったうえで、鷲牙宗士の家へとやって来ていた。鷲牙宗士の家は日本家屋となっており、横に見える広い庭からは、微かに鹿威ししおどしの音が響き渡っている。想像通りの家だな、と言うべきか。


 こんな時間だし、起きてるかな。と思いながら連絡を入れたが、すぐに連絡が返って来た時は驚いた。更に、家に招き入れられたことも。


 言われるがままお邪魔したが、いかにも金持ちが住んでいます、という家で落ち着かない。一応、最低限の礼儀作法は出来る人間だと自負しているが……そうは言っても緊張しないわけではないのだ。しかも、威圧感のすごい上司に睨まれていたらなおさらだ。

 どのような要件だ、と言われたが、泉は答えられずにいた。ここに来るまで、応酬のシミレーションはしていたのだが。実際目の前に来られると頭が真っ白になるし、上手く声が出ない。


 しっかりしろ、と、姿は見えないが密香の声がした。お前は異能の代償のお陰で見えてなくていいよね~~~~!!!! と心の中で文句を言うが、もちろんそれが本人に届くことはない。


 泉はゆっくりと息を吸う。そして、宗士を見つめた。


「……私たち『湖畔隊』へ与えられた任務……『五感』逮捕について、大事な話があります。貴方のお耳にも入れておく必要があると思いまして……」

「……それは、こんな時刻に連絡を入れねばならないほどの情報なのか?」

「……ええ。伝えるなら、早い方がいいと判断しました」


 本当はもう少し前から知ってたけど、と心の中で付け加えてから、泉は告げる。


「……タイトクの中に、『五感』に私たちの動きを報告し、意図的に『五感』に事件を起こさせている……内通者がいると、思われます」

「……」

「……」


 宗士は何も言わない。泉を真っ直ぐに見つめるだけ。


 泉は頬にじっとりとした汗をかくのを感じた。この、緊張感。どことない居心地の悪さ、いたたまれなさ。

 早く何か言ってくれ、と、焦る気持ちから動きそうになる口を気力で抑え、願っていると。


「……それが誰か、目星が付いているのか?」

「それは、」


 ようやく喋ったと思えば、質問だ。……まさか貴方を疑っています、ということなど言えるはずもなく、すぐに口を開いて。

 ──驚きで、時間が止まったような感覚がした。


 目の前に、相棒の姿が降り立っていたから。


 かと思えば泉の左腕に強い衝撃が走り、泉は畳の上に倒れ込む。そのすぐ後に響いたのは、轟音。慌てて体を起こし、音の方を振り返ると……そこには、壁に背を預け、苦しそうな表情をしている、密香がいた。


「な──」

「よそ見すんな馬鹿!!!!」


 何が起きて、と言う前に、密香の必死な怒号が響く。そして感じる──殺気。


 泉は反射的に腕を出す。するとその腕に強い衝撃が掛かって。痛みに顔をしかめ、すぐに対応し続けるのは無理だと判断した。だから衝撃の走る方向へ体を沈め、勢いを流すと、次に横に逃げる。

 バックステップで相手から距離を取ると、泉は思わず叫んだ。


「ッ……別に、戦いに来たんじゃないんですけど!?」

「だが、私をそんな内通者だとかいう不届き者だと思っている、ということだろう。お前の目が、そう語っていた。それに……ここに来た時点から、初めから君は私に敵意を持っていただろう」

「……」

「ならば真相がどうなのか──武術で語るまで」


 泉は目の前の男──鷲牙宗士の持つ異能力について、思考を巡らせていた。

 彼の異能は、「鷲の目」。──相手の悪意を見て測ることが出来る。そういう異能力だ。なるべく隠したつもりだったが……この家に踏み入った時から、見破られていたのか。


 このまま戦うのは、別に構わない。武術で語ると本人が宣言したのなら、結果によっては真相に一歩近づけるのだろう。

 だから、いい、のだが。


 泉は、先程宗士からの攻撃を庇った腕を一瞥する。……震えている。これほどまでダメージの残る、一撃だった。


 もし身体能力を異能力で向上させている……などだったら、まだ対処のしようがあっただろう。こちらは、異能力無効化銃も所持しているわけだし。……しかし相手は、異能力なしの生身で挑んでいる。そして自分に出来るのは、運を調整することだけ。例え超ラッキーが出せたとて……この体で、この体術のみで、果たして敵うのか?

 頭の中を、不安が駆け巡る。腕だけでなく、全身が震えそうになったところで。


 そんな泉の腕を取る、1人の者がいた。


「──何弱気な顔してんだよ」

「……密香」


 密香の体は、ボロボロだった。きっと、自分にぶつけられたものよりもっと威力の強い一撃を、浴びせられただろうに。

 ……否、密香は、そんな攻撃から自分を守ってくれたのだ。自分の体を倒したのも、攻撃の範囲外に押しやるためで。


 それに思い至った泉はお礼を言おうと口を開くが……それよりも先に、密香が告げた。


「絶対勝つぞ、2人で」


 出来ないなんてこと、ないよな? と密香の視線が語る。泉はそれを見つめ返して……表情を引き締めた。そして、宗士の方に視線を戻し。


「──うん」


 全身も、腕も、もう震えは止まった。


 お礼など、後でも良い。……今は、目の前の戦いに、全力で挑む。俺たち、2人で。





 貴由に出してもらえたものは大方、全て調べ終わった。今回の件に関わりがあるかは分からないが……一部、異能犯罪者に協力要請をして解決した事件があるのが分かった。こうして書類に記載されているくらいだし、きちんと許可を取って行われていることではあるのだろうが……繋がりがあると思われても仕方がない。まあ、そういうことがないにしろ……鷲牙宗士が今まで多数の事件に関わり、そして解決に導いてきた……ということも分かった。

 ついでに鷲牙宗士が協力要請をした異能犯罪者のリストも見せてもらったが……なんと、そのほとんどが行方不明になっている、らしい。元々は収容されていたが、姿を消したりしていて……。これは、協力したお礼に逃がした、というのが自然な流れか? と予想した。


 2人の中で、鷲牙宗士に対する疑惑は強くなった。これは泉に報告しないと、と2人は一旦帰ることにする。泉たちも、少し探りを入れるだけなら、もう帰っていてもおかしくない。


 というか、少し睡眠を取ったと言えど、ほぼ徹夜みたいなものだ。帰ったら少し休みたいな、なんて思っていた。


「その、ご協力、ありがとうございました……!! 必ず、真相を突き止めますっ」

「はは、もし役に立てたのなら何よりだよ。……頑張ってね」


 貴由が眼鏡のふちを手で押し上げながらそう笑う。2人も笑い返して、頭を下げると踵を返した──。



「──ここから生きて帰れたら、の話だけどね」



 パンッ、と、乾いた音が響いた。

 その音に大智は驚いて立ち止まり、振り返る。その拍子に、隣にいるカーラの姿が目に入って……彼女の胸元からは赤い花が迸っていた。


「……え」


 カーラがか細い声で、告げる。そして……床に、倒れ込んだ。


 その小さな体から血の海が出来上がっていくのを、大智は呆然と眺めていた。

 だが、すぐにハッとなる。止血しないと、と思ったが、それよりもまずは……。


「ッ、ぐッ!?」


 再び乾いた音が響く。それと同時、右肩に鈍い痛みが走って。大智がそこに手を当てると、どくどくと血が流れだしているのがよく分かった。

 だが、動けないわけではない。大智は目の前で拳銃を構える──鷲牙貴由を睨みつけて。


「……なんでっ……!!!!」

「それはもちろん、君たちの異能力が〝使える〟からだよ」


 そう語る貴由の声色は、とても冷たいものだった。使える? と、大智は心の中で繰り返して。いや、とすぐ首を横に振る。


 気になるけど、それは後でも良い。今は目の前の脅威を排除して……カーラさんを、早く手当てしないと!!


 大智は覚悟を決める。そして、カーラを庇うために前へ出て。



 激しい衝突音が、響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る