After the case 1 -2-

糸凌しりょう~、いるか~」


 そんな声とともに、オカルト同好会の部室の扉が開かれる。俺──墓前はかまえ糸凌しりょうは、面倒に思いつつも顔を上げた。


せん……わざわざこんなところまでどうした?」

「その前に何でこの部屋くっそ暑いか聞いてもいい?」

「エアコン壊れた」

「マジかよ」


 はははっ!! と閃──俺の友人は大爆笑をし始める。それでも居座りそうな様子だったから、俺は追い出すのを諦めた。諦めて、窓を開ける。ついでに冷凍庫で冷やしていたアイスを2つ取り出して、1つは閃に渡した。


「お、ラッキー」

「今度何か奢れよ」

「ええ、現金」


 まあいいや、と言いつつ、閃はアイスの包み紙を開ける。俺は閃に席を促し、俺も席に着きながら、で? と言った。


「……何か大事な話か?」


 そう尋ねると、閃のアイスを食べる手が止まる。……そして、ふは、と笑った。


「……やっぱ、お前に隠し事は出来ないな~」


 そう、大事な話。と、閃は頷いた。





 俺たちは友達だが、わざわざ休みの日に遊ぶほどの関係じゃない。閃は大体侍らせてる女の子と遊ぶのだろうし、俺はそもそもインドア派だし。だから閃がわざわざ夏休みに入ったというのにこの学園に来て……しかも別館なんていう辺鄙なところに来たのだとしたら、それは俺に会いに来る理由があった、ということになる。更に言うと、夏休み明けを待たなかった、ということは、早々にしたい大事な話なのだろう。


 閃からの話を聞き終わった俺は、思わずアイスを食べる手も止めつつ、口を開いた。


「……つまりお前は理事長に脅されて、『異能力者軍隊』とかいうよく分かんないことの実験を手伝わされた、ってことか?」

「はい……」

「つまり俺を突き飛ばした時も、お前は正常だったと?」

「はい……」


 すっかり閃も、アイスを食べる手を止め、俺から気まずそうに目を逸らしている。端から液が垂れ始めているから、早く食べてほしい。床が汚れる。……まあそれは俺にもブーメランか。


「えっと……脅されたとはいえ、お前に心配かけて……それを、謝りたくて……」

「……」


 目の前で小さくなっている閃を見つめる。そして俺は、ため息を吐いた。


「……別に怒ってない」

「え?」

「事情が事情だろ。そこに許すも許さないもない。お前がその時ベストだと思うことをしたなら……俺から何も言うことはない」

「えっと……」


 閃が俺のことを、驚いたような瞳で見つめている。その顔には、「怒られると思ってた」と書いてあった。……分かりやすい。


「……確かに心配はした。でも、結果的に伊勢美いせみや腹黒生徒会長のお陰で、最悪の事態は免れている。そして理事長という犯人も逮捕された。誰も異能力者軍隊とかいうやつには入らなかった。……お前が何を使って脅されたのかは知らないが、それも無事なんだろ? ……全部無事なら、結果的に良かったんだと思う」

「……」


 それでいいのか。その目が言っている。俺はいい加減、アイスを食べることを再開した。


「……お前がどう思うかは勝手だ。だが俺は今、お前の言ったことを聞いてこう思った。お前の考えなんて知ったこっちゃない」

「……はは、お前らしいな」


 閃も笑った。そしてアイスにかぶりつく。冷たかったのだろう。露骨に顔をしかめた。……それを見て俺も笑う。


「ひでぇ顔」

「だって冷たいじゃんか!!」

「冷たくないアイスって何だよ。……あ、その事件については怒ってねぇけど、突き飛ばされた時普通に痛かったからそれは謝れ」

「ええ、それって糸凌が受け身取れてないだけじゃ……あ、何でもないです……スミマセンデシタ……」


 俺が睨みつけると閃は縮こまって謝ってくる。それがやはり面白くて、俺は大爆笑してしまった。





 ……お前が何を使って脅されたか、実は何となく分かっているんだ。


 初めて会った時から感じていた違和感。サイズの合っていないほつれた服。しかも毎度違う洗濯のされ方をしている。

 そして彼が一度言いかけた、「生土いけど」という名字。何より……彼に憑いているもの。



 彼の背には、彼によく似た女性が抱き着いている。

 それはとても強く、強く。



「執着雷電らいでん」。

 そう呼んでいた時期もあったか。


 あれは生霊だ。それもかなり質の悪い。その容貌から察するに……あれは閃の母親。閃にとても依存している。とても、執着深い。

 俺と話している時、ものすごい威嚇をしてくる。しかし女と話している時はそんなことはない。閃は俺のことを、同性で初めての友達だと言っていたが……確かにこんな調子じゃ、な。霊感がなくとも、“何か”に当てられる。そして自然と避けられるようになる。


 恐らく閃は、シングルマザーだ。経済的環境も良くない。そして閃は恐らく、女性としか話してはいけない、という旨のことを言われているのだろう。きっとそれを律儀に守ってしまってもいる。……親からの言葉は、呪いになりやすいから。

 閃が言いつけを守るほど、2人の依存関係は強くなる。


 ……以上のことから考えられる、閃が何を使って脅されたか、ということ。それはたぶん、学費と母親の存在。理事長が閃のことで干渉出来ると言ったら、こんなところだろう。


 閃はきっと、俺にそのことは話してくれない。話の内容には組み込まれなかった。……最初から話す気はなかったのだろう。

 ……少し悲しいと、思わないわけではないが。

 俺だって、隠している。閃のことを、ここまで知っているのだと。それを言えていない。

 いつか言えるだろうか。その時はたぶん、閃から話してくれた時だろう。


 だからそれまで、いや、その先も。

 俺は閃の友達だ。


「……? どうしたんだよ、糸凌。そんなに俺のことを見つめて……はっ、このアイスは今更返さねぇからな!!」

「ちげぇよ。……アイス垂れてる」

「え? ……あーーーーっ!!!!」

「いちいちうるせぇ!!!!」

「お前の方が大概うるさいだろ!?」


 俺たちは叫び合いながら、暑さを誤魔化していく。……いや、自分たちから悪化させている気がしなくもないが。


 まあそれはともかく。

 俺たちはきっと、これからもこんな風にバカ騒ぎをするのだ。2人で。




「雷電閃─欲張り─」&「After the case 1 -2-」あとがき

https://kakuyomu.jp/users/rin_kariN2/news/16817330654295909940

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