After the case 1 -3-

 私が家に行っても、そこに偲歌さいかの姿は無かった。偲歌のお母さんに聞くと、あの子、学校に行ったみたいよ、と答えられた。どうしたのかしら、と思いながら、私も学校──明け星学園へ、先を急ぐ。


 今は夏休みである。でも、学園へ足を運ぶ人は少なくなかった。案の定、学園の敷地内に一歩踏み出すだけで感じる、この熱気。この学園の生徒たちだけで「夏」という概念が作り出せるのでは? と考えてしまうほどだ。……決して問題行動、というものを起こさないでほしいものなんですけれどね。流石に私でも、長期休みくらいは仕事を休みたいですから。まあ言っても無駄なのでしょうけど……。


 そんなことを考えつつ、さて、偲歌はどこでしょう、と視線を巡らせて。……何となく予想は出来ているので、私はあるところに向かいました。


 そこは花壇。色とりどりの花が咲いていて、ここで告白すると成功するだとか、そんなジンクスもあるそうです。こんな学園でも、そんな噂があるのだと感心してしまいますが……。

 顔を上げ、やはり、いました。


「偲歌」


 私が名を呼ぶと、目の前で蹲っていた人物は、勢いよく振り返りました。その手にはスコップ。その顔には土が付いてしまっていて。……私はクスッ、と笑ってから、持っていたハンカチを取り出しました。


「……どうしたんですか? 今は休みですのに」


 ハンカチで顔を拭いつつ言うと、偲歌は満面の笑みを浮かべました。そして何やら花壇を指差します。……そちらに目を向けると、そこには直近に掘り起こされ、そして埋められたであろう土の跡が。

 そして偲歌の傍には、開封された花の種の袋が。


「……種を埋めたんですか?」

「……!!」


 偲歌は頷いて、全身でそうだと示す。昔からこんな感じだから、慣れたものだ。


「コスモスですか……秋には綺麗に咲きそうですね」

「……っ」

「コスモスの花言葉は確か……『乙女の真心』、『謙虚』、『調和』、『平和』、『美しさ』……というところでしたか」

「……!!」


 偲歌は激しく手を叩く。どうやら正解出来たみたいだ。偲歌は昔から花に詳しい。きっと花言葉も全て、覚えているのだろう。私が知らない花の名前も、その意味も、きっと。

 偲歌は水をやって、満面の笑みを浮かべた。その種が芽を出す日を、想像して。その横顔を見つめて、私も思わず笑みを浮かべた。


 そこでふと、偲歌が顔を上げ、私を見つめる。その瞳は、何故私がここにいるのか……それを問いかけているようでした。


「……貴方に言ってないことがあると、思い出したので」

「……?」


 私は偲歌の隣に座る。スカートが少し汚れてしまうが……そんなことは、枝葉しよう末節まっせつなこと。それより大事なことは、偲歌と目を合わせることだ。


「私は貴方のことが大好きです。何があったとしても」

「……!!」

「貴方が私に異能力を使ったということ、決して私は怒ってはいません。そうせざるを得ない理由があったのでしょうし」

「……っ、……っ……!!」


 偲歌の瞳に、大粒の涙が溜まり始めました。その表情に、私は何も言いません。ただ、待ちます。

 偲歌が、何かを伝えてくれることを。


「……ボク、ボク、はっ……よわいから、だから、つよいすぅちゃんに、ボクをまもってもらおうと……」

「……貴方に強いと思って貰っているなら、本望ですけどね」

「でも、すぅちゃん、言葉ことはちゃんの前でふるえてたのにっ……!!」

「それは言わないでください……」


 偲歌を守らなければ。そう思って私は、あの生徒会長の前でも気丈に振舞った。……結局、彼女の強さ、そして恐ろしさを前に、すくみ上がってしまっていただけでしたが。……カッコ悪いです。

 偲歌の前では、胆勇たんゆう無双むそうでいたいというのに。


「……前も言った通り、例え貴方に操られていなかったとしても、私は貴方を守りました。私がそうしたいと思うからです」

「……なんで……?」


 偲歌は相変わらずしゃくりあげています。その涙の隙間で、私に疑問を投げかける。……私は迷いなく答えました。


「貴方は私を守ってくれているから」

「……え……?」


 偲歌は目を見開きました。何を言っているのか、分からないとでも言いたげです。


「ぼ、ボク……すぅちゃんをまもれたことなんて、一度も……」

「覚えていないんですか?」


 私は思わずため息を吐きます。偲歌は大きく肩を震わせました。ああ、怒っているわけではないんですけど……。


「……小さい頃です。貴方は異能力者だということで邪険にされていた私を……人の輪に、入れてくれました。それで貴方が嫌われる可能性だってあったのに。……それだけではありません。それから偲歌は、ずっと私の傍に……」

「え、えっと、そんなこと!? ボクにとっては、あたりまえのことで……」

「そうです。貴方は私を大事にしてくれたんです」


 偲歌は黙ります。私は、思わず笑って。


「自分を大事にしてくれた人を大事にしたいと考えることは、変なことでしょうか?」

「……へんじゃ……ない……」

「そうでしょう?」


 ボクも。そこで偲歌が、小さく呟いた。


「……ボクが、いのう力しゃだってわかって……それでボクが、友だちがいなくなっても……すぅちゃんはずっと、ボクのそばに……っ、いてくれたっ……!! ボクもずっと、っ、すぅちゃんにまもってもらってる……!!」


 ごめんなさい、じゃない。偲歌は言う。



「ありがとう……!!」



 泣きじゃくる偲歌に、私は思わず吹き出してしまう。視界が潤むのは、つられて、ではありませんよ? 笑いすぎてしまったせいです。そうに決まっています。


「……私こそ、ありがとう。大好きよ、偲歌」

「ボクも……っ、だいすきっ……!! ちいさいころから、ずっと……!!」


 わぁぁぁぁん、と、偲歌が大きな声をあげて、泣き喚く。私より大きいというのに。偲歌はこんなに泣き虫だ。

 でもきっとそれは……私もそう。


「……私たち、もう3年生なのに……泣き虫で、いけませんね」


 はらはらと流れ落ちる、止まってくれない涙に、私は苦笑いを浮かべる。ああ、つい泣いていると認めてしまった。

 いけなくないよ。偲歌が言葉を詰まらせながらも笑ってそう言う。そうですね。と、私は笑い返した。

 そうして私たちは抱きしめ合う。そして2人で大声で泣いて。


 私たちはこの先何があっても、きっと大丈夫。そんな確信を抱いた。





「聖偲歌─懺悔─」&「After the case 1 -3-」あとがき

https://kakuyomu.jp/users/rin_kariN2/news/16817330654340968907

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