光は宿らない

 小鳥遊言葉は、久しぶりに海中要塞に来ていた。ここ最近は、自分が行くと逆に迷惑をかけてしまうし、何よりそんな余裕がなかった。疲れていたし、精神的に追い詰められていた。そんな状態で他の人と会えば……当たってしまうことは目に見えている。

 しかし今はやらねばいけないことも落ち着いてきたし、そうなると比例するように余裕も出てくる。そんな時にふと思いついたのが、「湖畔隊」のところへ行こう、ということだった。


 特に何も連絡せず、来てしまったが。今皆は何をしているのだろう。少なくとも、元気でいてくれたらいい。そんな思いを抱えつつ厳重なセキュリティを抜け、海中要塞へと足を踏み入れたが……。


「……あれ」


 まず思ったのが、電気がついていない、ということで。ここのライトは全て、人感式センサーを用いている。つまり、人が通れば点くのだ。それが点いていないということは、しばらく誰もここを通っていないということで。

 言葉はとりあえず歩いてみたが、誰もいなさそうだった。


 灯子ちゃんはともかく、尊さんやカーラちゃんはいても良さそうだけど。というか泉先輩も、僕のところにいないのならここにいると思ってたんだけど……。


 そんな思いでトレーニングルームの扉を何気なく開くと……そこには沢山の人がいて、言葉は思わず肩を震わせてしまった。全員がこちらを振り返る。急に沢山の人の目に晒され、言葉は息を呑んだ。しかしすぐに気を取り直すと、彼女たちを睨みつける。


「だっ、誰、あんたら」

「私たち? 元『湖畔隊』だよ~。今、任務の一部を肩代わりしてるんだ。隊長から聞いてない?」

「……肩代わり?」


 聞いてない。その言葉を吐き出す前に、言葉はその場にいた女性たちに取り囲まれる。かわいい~、誰~? などと声を掛けられ、軽く自己紹介を済ませる。明け星学園の生徒会長!? すごい! などと口々に褒められ、言葉はなんだかいたたまれない気持ちになった。

 それから逃げるように、皆はどこ、と尋ねる。すると彼女たちはあっさりと答えた。


「現役の子たちなら、最重要任務に出かけたよ。まあ、隊長は医務室で寝てるけど」

「……え……」


 聞いてない。再び言葉は、心の中でその言葉を吐き出した。


 彼女たちに礼を言い、言葉はその場を後にする。言い知れぬ焦りを覚えた言葉は自然と走ってしまっていて、息を荒くした。


 言われた通り、医務室に辿り着く。言葉は肩で息をして……そして、扉をノックする。返事は、なかった。


 言葉は医務室内に入る。人の気配はなかったが……言葉はすぐ、医務室の奥に向かった。


 すると予想通り、一番奥、一番端のベッドで、泉は眠っていた。言葉がここまで近寄っても起きる気配はなく、深い深い眠りに落ちているのが見て取れる。余程疲れていたのだろう。

 ……一番奥にいるだろうと思ったのは、自分ならそうすると、そう思っていたからだ。


 それはともかく。言葉は傍にあった椅子を音を立てぬよう慎重に手繰り寄せ、それから座る。……そしてゆっくり泉の顔を、覗き込んだ。こうして間近で見ると、泉の目の下には軽くクマが出来ていることが分かる。


 当然だ。泉は理事長だということもあり、言葉以上に人目に晒された。そのうえで自分のサポートもしてくれたし、「湖畔隊」隊長としての役割もしっかりこなしていたと言うではないか。


 彼と言葉は、1歳しか差がない。しかし言葉にとってその1年が、恐ろしくひらけた、離れたものに感じられた。

 こんなにも近いのに、遠い。


 ──私は、泉先輩のようには、なれない──……。


「ん……」


 そこで泉が小さく声をあげた。思考に浸っていた言葉は、思わず肩を震わす。……顔を上げると、どうやら寝返りを打っただけらしい。起こしたわけではないようだ。


 ほっとすると同時、ベッド脇にある机の上から、何かが落ちた。動かした布団に当たり、そのせいで落ちてしまったらしい。薄暗い部屋の中、それを見つめると、それは書類で。言葉は落ちたそれらをかき集めた。

 そして何気なく、その内容に目を通して。


「……芳乃美香……『嗅覚』……男性をターゲットにした誘拐……」


 履歴書のような書類。内容が違うだけで、何度も目に通してきたようなものだ。

 これが、今行われている最重要任務。その相手。


 どうやらこの女は、根本的に自分とは考えが合わなそうである。男性が大好きなんて、自分には考えられない。対面したら、間違いなく嫌悪するだろうし、それを顔に出してしまうだろう。

 ……だけど、それは行かない理由にはならない。


 書類の一番下の方には、泉による書き込みがあった。直筆である。

 ……そこには、「小鳥遊には言わないようにする」、と書かれてあって。


「……はは」


 思わず言葉の口から零れたのは、乾いた笑みだった。



 へぇ、そっか。泉先輩も、そうやって私に、隠すんだ。



 確かにここ最近の自分は、さぞ無様で、弱々しく見えたことだろう。役に立たないと、そう思われたかもしれない。……だがそんなこと、自分が一番分かっている。

 でも、チャンスすら与えてもらえなくなってしまったら。……それこそ、本当に、終わりではないか。


 信じてもらえていない。私はその程度の存在なんだ。……そう、分かってしまった。


 言葉は立ち上がる。思わず書類を、感情のままに握りしめて。ぐしゃりと音が響いた。

 泉は、目覚めない。


 彼女は踵を返す。医務室を出て、ただ静かに、歩く。たった1人で。


 その瞳に、光は宿らない。

 そこにあるのは、全てを飲み込む……暗闇だった。





【第41話 終 第42話に続く】





第41話あとがき

https://kakuyomu.jp/users/rin_kariN2/news/16818093082117083771

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