接触

 忍野さんの運転で、芳乃美香のもとへと向かう。ところでこの車は誰のものなのだろう、とは思ったが、ツッコまないでおいた。嫌な予感しかしないし、変に首を突っ込みたくないので。


「芳乃美香、この辺りにいるんですか?」

「みたいだな。……安心しろよ、待ち合わせしてるから、すれ違うことはない」

「……待ち合わせ? 連絡先、持ってるんですか?」

「あったかもな、って思って探してみたら、あった。交換した覚えねぇから、向こうが勝手に入れたんだろ」


 そう言って忍野さんは私にスマホを投げる。慌ててキャッチすると、そこにはトーク画面が表示されていた。「久しぶり。今から会えない?」「そっちから連絡珍しいね! 勝手に追加しといたかいがあった笑 もちろんいいよ! ちょうど暇してたんだ~」というやり取りがされている。メッセージのやり取りをしていた時間は、ちょうど作戦会議をしていた時間で。

 確かに、途中からスマホをいじり始めたのを見ていたが、芳乃美香とやり取りをしていたのか。サボってるのかと思っていた。まあこの人作戦会議に入るようなタチでもないとも思うが。


 待ち合わせに、時間の指定はない。お互い着き次第合流、というなんともゆるゆるな約束だ。しかし、こういうのが縛られない者同士なのだろうな、と思う。でないと、体だけの関係なんて維持できるわけがない。

 私には縁もゆかりもない世界だ。これまでも、この先も。


「着いたぞ。ここからはお前ら2人で行け」


 待ち合わせ場所から少し離れたところで、忍野さんが車を停める。そして私とカーラさんを振り返りつつ、そう言った。

 私たちは頷く。それから私たち2人は車を降りて……。


「──いや、罠だな」


 忍野さんがふと、小さく呟いた。


 反射的に私は、1歩車を降りたカーラさんの体を車内に引っ張って戻す。それと同時に忍野さんが全力でアクセルを踏み込んだ。車は急発進し……次の瞬間、先程まで車がいた場所で、大きな爆発が起こった。

 ……今降りてたら、ヤバかったな。


「な、何、何が起こったの、です?」

「……俺からの誘いが罠だって気づいてたみたいだな。それで逆に、罠を張られたらしい。あの待ち合わせ場所に車で向かい、一時停止するとしたら……と考えると、候補は絞れる。そこを狙われたんだな」

「冷静な分析どうも……」


 乱暴な運転に煽られつつ、忍野さんの分析を聞いて納得する。どうやら、待ち合わせをしたことが裏目に出たらしい。

 ……まあ、向こうから来てくれるのなら、こちらから行く手間が省けてありがたいけど。


 外では相変わらずこちらを狙って攻撃が放たれている。攻撃の衝撃波で車が揺れるたび、大智さんがひぃぃぃぃっ、と悲鳴を上げていた。


「……あれって、芳乃美香が操ってる人ですよね」

「まあ、そうだろうな」


 芳乃美香の異能力は、攻撃性のあるものではない。だったら攻撃性のある異能力を持つ異能力者が仕向けられているのだろう。私の予想に、忍野さんは頷いた。


「だッ……だったら、ッ、僕が、行きますっ!!」


 そこで、車外の爆発にも負けない大声が響く。声の主を見る余裕はないが、大智さんだということはすぐに分かった。


「その、操られてるだけなら、僕が操られる危険は……っ、ない、ッ、ですよねっ……!!」

「……そうだな」


 忍野さんは頷く。そして運転の片手間に何かを考えるような素振りを見せ……そして意見がまとまったのか、口を開いた。


「よし、全員、車から飛び降りろ」

「「「え!?!?!?」」」

「車を停める余裕はない。伊勢美灯子とカーラ・パレットは、待ち合わせ場所まで走れ。芳乃美香の位置は変わっていない。変われば、その都度通信機で一報を入れる。尊大智は2人が他の異能力者に狙われないよう、アシストしろ。俺も落ち着いて車を降りれたら、そっちに合流する。分かったな?」


 やはり忍野さんの指示には、拒否権がない。それにため息を吐きたくなるが、もう仕方がない。


 意を決し、私は大きく息を吸い込んだ。カーラさんと大智さんを一瞥すると、2人も決心を固めたようである。


「──行け!!!!」


 そしてタイミングを計り、忍野さんが合図を出す。ドアロックが外れ、私たちはそこから勢いよく飛び降りた。





 転がるようにして勢いを殺し、着地には成功。すぐさまその場で大智さんと別れ、始まった戦闘音を背後に、私とカーラさんは待ち合わせ場所を目指して走る。行く先に、芳乃美香がいるのだと信じて。


 しばらく、特に征く手を阻む者も現れないまま、ひらけたところへ出る。──ここが、待ち合わせ場所だ。


 そして目の前には、異様な光景があった。まず見えたのは、沢山の人、人、人。ぱっと見て、どれだけの人がいるのか……見当もつかない。彼らは、とある一点を見つめていた。促されるよう、その視線の先を追うと……そこには、可憐な女性が。

 可愛いと言うべきか。綺麗と言うべきか。彼女を褒めるに、一体どんな言葉を使えばいいか、分からない。ただ、まあ、今一番ピンとくる言葉は。


 ──強い、だろうか。


 彼女は──写真でも見た芳乃美香は、沢山の男性に囲まれ、文字通り担ぎ上げられ、強く美しく、高みから私たちを見ている。


「あら、密香くん来なかったの。来たのはブス2人ね。残念」


 彼女の凛とした声は、この場によく響いた。隣にいるカーラさんが、気圧されたように一歩下がるのが分かる。だから私は、少しでも何かの足しになればと、カーラさんの手を握った。

 カーラさんが、私を見上げる。私は、大きく頷いた。


「私、メスには興味がないの。だから、ね。──皆、殺して頂戴」


 芳乃美香がそう言い、微笑む。それだけで彼女を取り囲む男たちの瞳は……皆、こちらを向いた。そしてその誰もが、虚ろな目をしている。


「……来ますよ……!!」

「うんっ……」


 私は日本刀を、カーラさんは絵筆を、構える。



 顔を見合わせ、同時に頷き……地面を、蹴った。

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