堪える空気
「……ああ、君か」
部屋の中央奥にある仰々しい席には、1人の男がいた。
対異能力者特別警察警視総監、
青柳泉は、この男に嫌われている。
本人の口から直接聞いたわけではないが、態度から嫌悪感が滲み出ている。
そして泉は、割とこの人物が苦手だった。
「……何の御用でしょうか?」
「ふん……その張り付いた笑みを剥がしてから私の前に立ってくれないか、不愉快だ」
「はは、上の人に多少なりとも良い顔をするのは、普通のことでは?」
「……」
答えたんだから何か喋ってくれ、なんて精神的に早くも疲弊し始めた泉の笑顔が、少しばかり引きつる。しかし鷲牙は欠片も表情を崩すことはなかった。
「……今回君を呼びだした理由だが、理由は分かっているだろうな」
「……報告書に不備でもありましたか?」
そして無理矢理話題を変えられる。泉はため息を吐きたい気持ちを押し殺しつつそう告げた。
分かっているだろうな、と言われても。貴方が自分を叱りたいから呼び出したんですよね、なんて正直に答えられるわけもなかった。
泉が我慢したため息を、鷲牙はあっさりと使用する。そして泉を真っ直ぐに見つめると、言葉を返した。
「……君は警察でありながら、あんな下劣な犯罪者に囚われるなど、言語道断。恥ずかしくはないのかね」
「……」
この前の泉が連れ去られた件での話らしい。まあ、予想はしていた。
「……あれは囮作戦です。私が捕まって油断させたところで相手の気を緩ませ、部下に一気に制圧させる、という……」
「そのような作戦を行うという報告は受けていないが」
「……緊急性を要するものでしたので」
話は振るくせに、こちらの言い分など聞き入れる気はない。そんな意思がひしひしと伝わってくるので、もう話すことすら嫌になってくる。だけど泉の立場上、相手の言葉を無視するわけにはいかなかった。
「……ふん、私が目を掛けて置いてやっているというのに、君は角が立つ行動が目立つ。流石に私でも庇いきれん」
「……それは申し訳ありません」
「口だけでは誰でも言える。お前は誠意が足りない」
「……」
そう言われても。と泉は視線を宙に投げる。土下座でもしろと言うのか。最悪、命令されたらやるけど。
「大体、私が『五感』逮捕命令を出してからもう半月ほど経つが……それに関して動いた様子が見受けられないな」
「……今回の相手は一筋縄ではいかない存在です。だから慎重に事を……」
「石橋を叩くのも大事だがね、君たちにあまり時間は残されていないということも考えておくことだ」
「……承知しました」
「特に君には、目に余る者の教育も頼んでいるが、そちらも問題を起こさぬよう勤めなさい」
「……」
「青柳泉、私は君に期待しているんだ」
よくもそんな堂々とした嘘が吐けるものだと、泉は笑ってしまいそうになる。
自分と彼は、きっと一生かかろうと分かり合えない。
「……話は以上でしょうか。貴方の期待に答えられるよう、あちらに戻り任務達成のための作戦を立てたいのですが」
「……そうか、結構なことだ。君の言う通り、話は以上だ。出て行きなさい」
「……失礼しました」
下げたくもない頭を下げ、泉は部屋を出る。色々言いたいことや燻ぶった思いはあったが、それを扉にぶつけるような無粋な真似はしなかった。普通に丁寧に、扉を閉める。それだけの理性は、残っている。
そして部屋を出ると同時に聞こえてくる悪口。それを耳で拾い、脳が言葉として処理し、認識するのも、もはや面倒になって。足早にその場を去った。
気づけば本部の外に出て、普通の道を歩いていて。横には存在感が甦った密香がいた。
「……疲れたぁ」
「……あの空気感は、お前には堪えるだろうな」
「はは、ほんとに、情けない話だけど」
「本当にな、あれくらい軽く流せるようになれ」
「俺の心に更にダメージ与えてくるのやめて……」
密香から言葉のパンチを食らわされ、たちまちK.O.となってしまった泉は、思わず額を抑える。……その様子に密香はため息を吐くと、口を開いて声を出した。
「……そこのコンビニでアイスでも食うぞ」
「既に決定事項!? ……別に、いいけどさ」
密香なりの励ましなのかな、と思いつつ、泉はそう答える。……それが励ましだと思うと、なんとも不器用というか、しかし嬉しいような、そんな気持ちがした。
コンビニに向け歩き出した彼の背中を追いつつ、まあ、と泉は呟く。
「……ああやって詰められるのが、俺だけで良かったなって思うよ」
「……」
「あいつらにあそこには、行かせられないな」
あいつら、というのはもちろん、まだまだ未熟な部下たちのことで。
「……そうだな、珍しく同意見だ」
密香もそれに頷いた。
少しばかりすっきりした泉は、密香と共にコンビニに入る。アイスなんて、かなり久しぶりだ。
「ちなみに、アイスはお前が奢れよ」
「え????」
「は????」
【第27.5話 終】
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