第27.5話「対異能力者特別警察警視総監」

上層部からの呼び出し

 灯子とうこ言葉ことはが一緒に出掛けていた、丁度その頃。


 すれ違いざまに悪口を囁かれつつも、それを意に介すことなく微笑みながら歩く男がいた。


「『お荷物部隊』の隊長じゃないか」

「こんなところへ1人でやって来たということは、お叱りってところか?」

「対異能力者特別警察の汚点が」

「本当、よくノコノコとここを歩けるもんだな」


 自分に向けられた悪口ほど、よく耳に入ってくる。だがいつものことなので、はいはい、なんて心の中で受け流しながら、「湖畔隊」隊長──青柳あおやなぎいずみは、足を止めずに歩き続けた。


 周りの好き勝手な噂の1つは、実は正解だ。彼は上層部に呼び出され、こうして対異能力者特別警察本部まで呼び出されていた。そして呼び出し内容は、お叱りなのだろう。ただ「来い」としか言われていないので分からないが、予測くらいは出来る。


 だって、普段は海中要塞なんて日の当たらないところに追いやった彼らは、自分を嫌っていることは確実だから。

 そんな彼らが自分を呼び出すなんて、嫌がらせのために決まっている。


 どんなことをされようと、言われようと、泉は別に気にしない。今の自分の立場は確立されており、それが崩壊する予定はない。……解散の危機には立たされているけれど、解散の整合性を保つために出された理不尽なまでの条件、それを達成すればいいだけの話だ。そうすれば、隊継続の整合性は保たれる。しばらくは嫌がらせも減ると踏んでいる。

 こちらが嫌いな割に、こちらが立てている功績も無視できない。だから真っ当な潰す理由を蒔こうとしてきた。しかしそれらは全てねじ伏せてきた。居場所を守るために。


 だからこそ、今回もそうするまでなのだが……。


 そろそろいい加減、どうにかした方がいいよな、なんて泉は考える。このまま上層部との不和が続けば、理不尽な事件ばかり回されることは目に見えている。自分はまだいいが、部下たちにまでそれを課し続けるというのは……気が引けた。


「……」


 泉はそう思考を重ねていたが、ふと吹き出しそうになってしまった。

 それは後ろで繰り広げられている光景が、面白いからだった。


「くっ……おい、お前!! お前は俺のことが分かってるんだろうが、一旦止まれ!!」


 個人的な部下の大胆な悲鳴が聞こえる。だが泉以外にそれを気に留める人はいなかった。誰もが、泉への悪口に夢中である。

 泉はさり気なく手を動かし、個人的な部下──忍野おしの密香ひそかと自分にだけ伝わるハンドサインで答えた。


「いやいや、ここで止まるのは不自然でしょ。頑張れ」

「お前……ッ、というか、お前がいるからこんなに人が集まっているんだろうが!!」

「えー、勝手に俺のこと見たい人が集まってるだけじゃん。俺のせいじゃないよ。てかお前には俺の居場所分かるんだから、それ追えばいいじゃん。どうせ異能力使いっぱなしにしないとお前がいることバレるんだから」


 密香は大きく舌打ちをする。しかしそれでも気に留める人はいない。


 というのも、密香の異能力の内の1つ……「Navigationナビゲーション」。人の居場所をリアルタイムで把握するという能力だが、その代償が、「使いすぎると誰からも認識されなくなる」、というものなのだ。


 だからこそ密香は、こんなに大声で喋っても誰からも気に留められない。……だが彼は見えないからこそ、ここにいる人を全員避けて通らねばならないのだ。そうしないと、姿を勘づかれる。密香は泉以上に良く思われていない、というか、ここに来ることは禁じられているので、姿を隠し続けないといけなかった。

 だから彼はしゃがんだり、天井に張り付いたり、その名字に似合った忍者のような動きをしないといけないのだ。唯一密香の存在を感じ取れる泉は、それを面白がっていた。


 ……ちなみに泉は、密香の存在を強く意識しているからこそ、一応こうして話せているし、密香の現状を面白がっている。それでも気を抜いたら、すぐにどこにいるか分からなくなってしまいそうだが。


「ていうか、嫌なら来なければ良かったじゃん」

「……お前1人だと、お前メンタルだいぶやられるだろ」

「……まあ、お前がいるだけで心強いところはあるけどさ……」


 わざわざ付いて来た理由は、こういうことらしい。


 そうこう話している内に、目的の部屋の前に辿り着く。それと同時に周りから聞こえる悪口も鳴りをひそめ、ただ視線のみが自分に注がれていた。

 小さく深呼吸をし、相棒が真隣に来た気配を察する。それを確認してから、泉は扉をノックした。


「……入れ」

「失礼します」


 人相の良さそうな声を心がけ、泉は扉を開く。

 まあどれだけ取り繕ったところで、意味はないだろうが。

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