第1章 星を繋ぎ、星座にして

第1話「事件の火種」

授業前の憂鬱

 その後、私は無事に明け星学園に入学した。カリキュラムを組み、クラスも決定し、まあ、必要最低限のことは、もう終わった。

 そうなると後は放牧だ。学校生活を楽しみましょう。はい行ってこい。


 ……。

 ……無理。


 私は教室の片隅で、そう思っていた。


 授業が始まる前、私はとっとと後ろの端っこの席を陣取り、なるべく目立たないよう……目立たないよう……と心の中で繰り返しながら座っていた。傍から見たら、私は微動だにしていない銅像のようにように見えるだろう。

 ……本当に銅像になれたら、どんなにいいことか……。


 というのも、やはり私が転校生のせいなのか、私はぶっちぎりで人の注目を集めていた。誰もが私のことを見つめている。私を見て、何かを話して、時にはクスクスという笑い声……それを感じるだけで、私は顔に熱が溜まってしまう。ああ、目立つのは苦手だというのに……。

 これじゃあ、「楽しく学校生活」なんて程遠すぎる。……元々、過ごせるとも過ごしたいとも思ってないけど……。


 ……神様。私は、特にトラブルもなく、私のしたいことが出来ればいいんです……それ以外は望みませんから……私に注目が集まっているというこの状況、どうにかしてください……。


「ねぇ」


 そこで私の後ろから、そんな声が聞こえた。私は一瞬肩を震わせ、恐る恐る、ゆっくり振り返る。……するとそこには、見覚えのない女の子が立っていた。……いや、元々言葉ことはちゃん以外見覚えが無いんだけど。


「……あの、何か御用……でしょうか……」

「……」


 私が聞いたにも関わらず、その子は無言で私を見つめるだけだった。え、何……怖い。


「貴方が転校生の、伊勢美いせみ灯子とうこちゃん?」

「あ……は、はぁ……一応……」

「一応って何」


 そこでその子は初めて、私に向けて笑いかけてくれた。その笑顔に、「怖い」という感想は消滅する。


「あたしは持木もてぎ心音こころね。高1だよ。よろしくね」

「……伊勢美灯子です……私も、1年生です……」

「うん、知ってる」

「……ですよね……」


 だって、私の名前を言って話しかけてきたんだから。そう思いながら私は、いらぬ自己紹介をしてしまった自分にため息を吐く。

 その子……持木さんは、私の前の席に腰かけた。決まった席、っていうのが無いから、どこに座ろうと勝手だけど……次の授業、ここに座って受けるだろうか……。まあ、別にいいんだけど……。


「それで……えっと、何か……」

「用が無いと話しかけちゃ駄目?」

「え、いえ、そういうわけでは……」

「……あっ、ごめんね? あたし、『口調が強い』だとか、『睨んでる』とか言われがちでさぁ……あたし、貴方に喧嘩売ろうとか貴方が気に食わないとか全く考えてないから、安心してね?」

「はぁ……」


 私は持木さんの言葉に頷く。確かに持木さん、とても鋭い眼光を持ってるし、口調もハキハキしている。普通は、それに尻込みしてしまうかもしれない。……私はそんなに、気にしないけど。


「……あたしのこと、怖い?」

「え? いえ、別に……」

「あ、そう? ……何か、何と言うか……貴方少し、おどおどした喋り方だから……怖がらせているんじゃないかって思って」

「あ、すみません……元々です」

「そっかぁ、元々か」

「……」

「……」


 ……会話が続かない。

 当たり前だ。私は、そもそも人と話すのがそんなに上手くないし……話そうとすら思わないから。上手くしようとすら思ったことが無い。


 どっか行ってくれないかなぁ……なんて、失礼すぎて決して口には出せないことを、私が考えていると。


「心音。まーたお前は、人を怖がらせてんのかよ」


 横から、そんな声が聞こえてきた。その声は、どうしてか少しだけ聞き覚えがあって。

 顔を上げると、そこには1人の男子学生が立っていた。その人は、持木さんのことをニヤニヤと笑いながら見つめている。……。


 ……誰だっけこの人。なんか、最近見たことがあるような気が……。


「ちーがーうー。この子が1人で浮いてたから。見てられなくて」

「……お前、その言い方、ちょっと失礼だと思うぞ……」

「えー」


 持木さんとその人は、とても親しげに会話をしている。その傍らで、私はひたすらにこの人を前どこで見たのか、思い出そうとした。何だろう……こう、喉までは出かかっているんだけど……。


 ……あ。


「この前言葉ちゃんと戦ってた人だ」

「お前、ずっと黙ってると思ったらそれ思い出してたのか!?」


 私の声に、その人は弾かれたように振り返り、思いっきりツッコミを入れた。あ、すみません。と私はとりあえず謝っておき、認識されてなかったんかい、と持木さんは大爆笑している。……そんなに面白いことだろうか。

 まあそれはともかく。この人はつい数日前、言葉ちゃんに喧嘩を売って見事に倒されていた人だった。確か……炎を生み出して操る能力だったか。見た限りでは、そんな感じだ。


「つーか俺は、お前に喧嘩を売ろうとしていたんだよ。転校生」

「……え、私……ですか……」

「そう、わざわざこの学園に転校してきたくらいだからな。どんだけ強い奴なのか、知りたかったんだよ。まあ、何故か会長と戦うことになってたんだが……」

「……」


 その言い草に、私は思わず黙ってしまう。……「どんだけ強い奴なのか」、か……。

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