都市伝説?
次の日、学校を終えた私と言葉ちゃんは一緒に海中要塞に向かう。というのも、泉さんからの招集があったからだった。
私たちがいつもの部屋に集まるとそこには、いつもの顔ぶれが。……起き上ったカーラさんの姿もあった。
少しばかり枝毛が跳ねているし、毛先だけ色が濁っている。こちらに微笑むその顔には、疲労が滲んでいた。……でもまあ、これでも随分と回復した方なのか……。
「カーラちゃん、久しぶり」
「久しぶりですぅ。ごめんなさぁい、何日も顔出せなくてぇ……」
「……いや、大丈夫だよ。無理はしないでね」
黄色の髪を揺らして笑うカーラさんに、声をかけた言葉ちゃんは苦笑いで答える。相変わらず、イエローのこういった調子は苦手らしい。
言葉ちゃんのその気遣いに、カーラさんは嬉しそうに笑って頷いた。
「……さて、全員揃ったな。じゃあ話をしていこうと思う」
そこで前方から声がかかる。そこにはもちろん、この「湖畔隊」の隊長である泉さん。そしてその隣には、相変わらずの仏頂面を貫いている忍野さんが立っていた。
……どうやら空気を読んで、話が終わるまで黙ってくれていたみたいだ。
「皆知ってるだろうけど、俺たちに与えられた最重要任務の期限まで、もうすぐ2ヵ月になろうとしている。というわけで、そろそろ動きます」
今は9月下旬……明後日にはもう10月になる。まあ、そろそろ焦らないといけないのだろう。
そこで忍野さんが一歩前に出て、何やら書類を配り始めた。誰もが黙ってそれを受け取る。……そこに書かれているのはどうやら、次に向かう異能犯罪者の情報みたいだ。
「次に向かうのは、
「分からない?」
言葉ちゃんが聞き返す。泉さんは苦笑い交じりに呟いた。
「こいつと接触した人たちは、精神を崩壊させている。廃人状態になって、今でもそれが続いている人が多数……。だからこそ、まともな話を聞くことが出来ないんだ。どうやら精神崩壊していない人もいるみたいだけど、どれだけ聞いてもどういった異能なのかを教えてくれない。……異能力者のリストにも登録していないみたいだから、本当に全然分からないんだ」
「本当に、少しも分からないの?」
「分かってることも、ないわけじゃない。……信憑性を置いておけば、精神世界に放り込まれるみたいだ」
信憑性を置いておけば、ということを言ったということは、それは廃人状態になってしまった人から聞いた話なのだろう。
……精神世界、か。
「そこで見える景色が、無邪気なまでの無慈悲さで心を壊してくる。そこはなんとも不安定な世界で、響く不協和音に、揺れる足元でまともに立っていられない。
……だから並來譜は『五感』の中で、『聴覚』と呼ばれているんだ」
なんともあやふやな言い方だ、と思った。今まではどんな異能力かが分かっていたから、対策のしようがあった。……でも今回は、正確な情報がない。
思わずちらりと、忍野さんの方を見る。するとすぐに目が合って、そして彼は肩をすくめた。
「……残念だが、俺はそいつと会ったことはない。だから俺もどんな異能力か知らない。……俺がどうやっても、調べられたのはそれだけだ」
「俺も昨日粘ってみたけど、やっぱり目ぼしい情報は出なかったねぇ。いやぁ、不甲斐ない限りで」
忍野さんは平坦な声でそう答え、その言葉を補うように泉さんがそう告げた。……昨日言っていた「情報収集」って、これのことだったのか。
改めて与えられた書類に目を落とす。そこに記されているのはいつも通り、名前とか顔写真とか──今回はきちんと顔が明瞭に映っている──だが、異能力の欄は空欄だった。代わりに備考欄に、先程聞いた話とかが記されている。
「じゃあ、この情報を元に作戦を立ててもらおうか。……はい、解散」
泉さんが2回、しっかりと手を叩く。それを合図に、その場はお開きとなった。
今回は前回みたいに、春松くんみたいな特別講師が現れることはなかった。まあ、異能力が分かってないんだもんな。対策のしようもないか。
「ねぇ僕、1個気になってることがあるんだけどさ」
会議室に移動したところで、言葉ちゃんが挙手をしながらそう告げる。全員の視線がそちらに集まると、彼女は告げた。
「備考欄、何これ? 接触の仕方が都市伝説みたいなんだけど」
その言葉に促されるように、全員が備考欄を見る。私も例に漏れずそうだった。
『並來譜との接触方法
①並來譜の個人サイト(「ともだちのくに」)にアクセス。
②隠しリンクを探し出す。
③メッセージを交わせる場があるので、そこからコンタクトを取る。
④合言葉を問われるので、「私の一生の友達になってください」と答える。(※間違えると二度とコンタクトは取れない)』
「ちゃんと手順を守らないと、会えない……って、やつ、みたいですね……」
「なんかこういう都市伝説なかったっけ? さとるくん?」
「……私、そういう方面明るくないので分からないです……」
というかこの人、怖いの苦手なくせに何でそういうのは知っているのだろう……。話がこじれそうなので、聞かないが。
「……彼女の意図が分かりませんね。もし警察にこれを突破されてしまったら、簡単に捕まりますよね……」
「うーん、どうだろ。もしそういう輩が来ても追い返せる自信がある、とか? こいつ、『五感』なくらいなんだし」
「……たぶん」
私と言葉ちゃんが話していたら、新たな声が入り込む。それは不思議と、部屋に凛と響く声だった。
「……本当に友達が欲しいだけじゃないかなぁ、って、イエローは思うよ」
だがその声は、宙を漂っているような感じがした。無気力というか、中身がないというか。
「この面倒な手順を踏んででも、自分と友達になりたいと思ってくれている子を、待ってるんじゃない、かなぁ」
ぽつり、ぽつりと、カーラさんの声が響く。彼女以外が喋らない部屋に、それはよく響いた。
だが私たちに見つめられていると分かると、カーラさんはハッとした様に目を見開いた。そして、どこか気まずそうに、照れたように笑うと。
「な……なんてねっ! イエローはこの子じゃないから分かんないよぉ」
「……まあ、可能性がないわけではないと思います」
忘れて、と言わんばかりのカーラさんの言葉に反応し、私はそう告げる。今度は全員の視線が私に向いた。
今の話は、多少なりとも整合性が取れていたのではないかと、私はそう思う。
「もし向こうに戦意はなく、ただ『友達がほしい』という目的ならば、そしてその目的を達成するうえで邪魔だと思った人間を排除した結果『聴覚』と呼ばれるまでになってしまったとしたなら。……対話で解決出来る可能性はあるのではないでしょうか。私としては、戦うのが面倒なのでそっちがいいなと思ってます」
「いや、それただ単に君の希望じゃん……。まっ、戦闘にならない方がいいっていうのは僕もだけどね。オッケー、じゃあ最初は対話する方向に持って行ってみようか」
カーラさんの言葉を筆頭に、作戦会議が進んでいく。カーラさんは驚いたように目を見開いていたが、やがて会議に意見を出し始める。それを見て大智さんも、遠慮気味に意見を出していたりした。
最初に比べたら、作戦会議もスムーズに進むようになったな、と思う。最初は2人だけの頭脳で組み立てられ、そして失敗寄りの成功で終わった作戦だが、4人も集まれば、それだけ作戦の質が上がるのだろう。
作戦の決行日は、一体どうなるか。考えずにはいられなかった。
【第33話 終 第34話に続く】
第33話あとがき
→https://kakuyomu.jp/users/rin_kariN2/news/16818093075218547055
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます