止める権利はない
その後私は、泉さんのいる部屋へと直行した。そしてやはりというか、予想通り、洗いざらい話してしまった。
泉さんは仕事をする手を止め、神妙な面付きで聞いていたが……時折、悲しそうに眉をひそめていた。
聞き終わると泉さんは、そうか、と小さく呟いてから、静かに目を伏せた。……しばらく沈黙が続く。恐らく私たちの心象は……同じものなのだろう。
「……分かった。聞いてきてくれてありがとな」
「いえ……それは、大丈夫ですが」
どうするんですか。その問いかけは、声にはならなかった。しかし私の気持ちも、質問の意図も伝わったのだろう。泉さんは、大きく頷いた。
「……本人が行くつもりなら、俺はその意志を尊重するよ。……情けない話、人手が足りないのも事実だしなぁ。来れるなら助かるよ」
「……」
「……大丈夫、無理はさせないよ。体調が悪そうなら、すぐにやめさせるし」
「……はい」
泉さんの言葉に、私は返事をする。でも、私の顔が晴れなかったからだろうか。おかしいものでも見たように、泉さんは小さく吹き出した。
「優しいな、お前は」
「……別にそういうんじゃ……」
「はいはい、分かってるよ」
反論の声も、打ち切られてしまう。少しばかりむっとしたが、ここでムキになって言い返すのも笑われそうだと思ったので、結局口を閉ざした。
……とにかく、カーラさんはこのまま最重要任務に参加すると……。まあ、本人の意志なら、私たちに止める権利はない……か。
「これは、
「……はい。良いと思います」
泉さんは優しく笑うと、すかさずパーカーのポケットから何かを取り出す。……それは、『
「はい、報酬」
「……どうも」
どら焼きを受け取り、お礼を述べる。本当にこの人、どれだけストックがあるんだ……。
「この後は、帰ってもいいし、残ってもいいよ。そこは任せる。……まあ、残ってるとしてもやることないけど。小鳥遊とか尊がいると思うから、残るとしたらその2人と話す感じかな」
「……泉さんは?」
「情報収集中。つまり仕事中」
……仕事してたのか。この人。
はあ、と気の抜けた返事をし、私は部屋を出て行くことにする。……だが部屋を出るその直前に、私は、振り返った。
振り返った私に気づいた泉さんが、顔を上げる。そして柔らかく微笑んで。
「……どうかしたか?」
「……いえ」
『思えば、隊長のことを敵視していたのも……分かりやすい敵がほしかったのかも、なんて、思うんですよねぇ。本当は最初から、特に嫌いとか、殺したいとか、そういうことは思っていなかったのかも。
……よく、分からないけどね』
「……なんでもないです」
去り際、カーラさんに告げられたことを思い出す。でも、これを私から泉さんに伝える義理はない。
……こういうことは、本人の口から直接伝えるべきことだと……そう思うし。第三者を介入させても、その気持ちは伝わりづらくなるだけだと、思うから。
私は今度こそ部屋を出る。帰るか、残るか、迷ったが……どうせ1人でいても、何かを考えてしまうだけだ。だったら誰かと話した方が気が楽かもしれない。……そう思い、私は海中要塞の中を彷徨い歩いた。
「発動が遅い!! ほらほら、攻撃は止まんないよ~?」
「ぅぐっ……ッ……!!」
残っているらしい2人はどこにいるのだろう、と探していたが、ついに見つけた。……言葉ちゃんと
「……訓練中ですか?」
「あ、灯子ちゃん。やっほー」
「あ、お、お疲れ様です……」
「……どうも」
言葉ちゃんが適当に出していた文字たちは動きを止め、それと同時、大智さんを守るように地面から突き出ていた岩たちが地面に戻り、平坦になる。
……私の予想通り、異能力の訓練をしていたようだ。
「尊さんが僕に見てほしいって言って来たから、暇だったし付き合ってた」
「あ、はは……その……僕も、足引っ張るのは嫌……なので……」
「……なるほど」
私からしたら、大智さんも異能力の扱いは上手いと思うのだが。……世間一般的には、あれは普通よりちょっと下、とかなのだろうか。なんせ元無能力者だったもので、分からない。
少なくとも、私よりは異能力の扱いに長けているのだと思うが。
「尊さんはあれだねぇ。なんか、異能力を使う前に一瞬のラグがある。躊躇っているのか、どうするのか考えてるのか、それは分からないけど……そのラグを見抜かれたら、それは隙になるよ。今ちょっと見て思った改善点はそれかなぁ」
「うっ……ま、全くおっしゃる通りで……ッ……」
言葉ちゃんの指摘に、大智さんは縮こまって答えている。でも大智さんはすごく身長が高いから、それでも私たちより大きいが。
言葉ちゃんは宙に浮いた文字を自前の手帳に回収し始め、大智さんは壁に寄りかかって体育座りをする。私が来たと同時に終わってしまったな……邪魔してしまっただろうか。
そう思っていると、大智さんがふと、あの、と呟いた。
彼の方を見ると、彼は私を見ていて。……首を傾げると、彼はどこか躊躇いがちに口を開いた。
「……ぁの、えっと、その……えと、あの子、は……」
「……あの子?」
あの子とは、と思って聞き返してしまったが、すぐに誰のことか思い至る。先程まで私が話していた彼女のことだろう。
「……カーラさんなら……そろそろ戻るって、言ってました」
どう言おうか迷って、でも嘘なんて吐けない性分なもので、とりあえずそれだけ答えておいた。嘘は、吐いていない。だって本人がそう言っていたのだから。
でも、全ても言っていない。
そんな私の思惑に気づくはずもなく、大智さんは少しばかり口元を緩ませると、そっか、と呟いた。……すぐに私に見られていることに気づくと、ごめんなさい!? と大声で謝られたが。……毎度思うが、何故この人はすぐに謝るのだろうか……何も悪いことしてないだろうに……。
「へぇ、大丈夫そうなの?」
そして文字の回収が終わったらしい。言葉ちゃんが私の肩に手を乗せながらそう尋ねて来る。その手から逃れたいというのと、さあ、という意味を込めて、私は肩をすくめた。
「……完全な本調子、というわけではなさそうですけど……まあ、本人が動けると言うのなら、私からはどうとも言えません」
「それもそうだね」
言葉ちゃんの手は、私の肩から離れない。すくめてもあまり意味がなかったみたいだ。
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