第34話「任務②:聴覚」

一歩も引かない

 私たち「湖畔隊」は、「五感」と呼ばれる凶悪異能犯罪者の内の1人……「聴覚」と呼ばれる少女、ならび來譜らいふの元へと向かうことになり、作戦を立てた。

 7つの人格を持つ少女、カーラ・パレットさんの体調不良……そんな一抹の不安も抱えつつ。



 その日のうちに作戦を立て終わると、私たちは青柳あおやなぎいずみさんに確認を取りに行った。そして決行の許可をもらうと、そのまま手順通りにコンタクトを取る。きちんと書かれていた手順に沿っていけば、特に警戒されることなく会う約束をすることが出来た。


『来てくれてありがとう! あなたは5472人目のお友だちです♪』


 サイトへのアクセス回数を表す文面。可愛く安っぽいフォントで書かれたその文字に、誰もが言い知れない恐怖のようなものを覚えた。

 今まで、これだけの人が……ということに、他ならないのだから。


 まあそれはともかく。話した結果、会うのは明日、ということになった。なんとも急だが、『あなたに早く会いたい! わたしは明日ヒマなんだけど、あなたはどう?』と聞かれたので、そのまま拒否しなかった結果だ。これからの被害を無くすためにも、早いならそれに越したことはないと全員で決めた。

 私と言葉ことはちゃんは学校を休むことになるけど、それはまあ仕方がない。


 というわけで次の日、私たちは指定された待ち合わせ場所近くまで警察車両で向かっていた。


「また俺たちはここで待機してるから、危険だと判断したら迷いなくすぐに呼べよ。助けに行くから、密香ひそかが」

「本っ当人任せだなお前は……」

「ま、カメラでモニタリングしてるから、俺も行くかどうかは異能力を見て判断するけどね。密香1人でどうにもならなそうなら2人で行くよ。運を上げれば、お前1人でどうにかなるだろ」

「……当たり前だ、俺を誰だと思ってる」

「ひねくれ言動くん」

「そうかお前が俺のことをどう思ってるかがよく分かった」


 泉さんと忍野おしのさんが今すぐにでも掴み合いの喧嘩を始めそうなものだから、大智だいちさんが涙目になりながらそれを止めていた。私と言葉ちゃんは白けた目でそれを見つめ、カーラさんはぼーっと窓の外を眺めていたので、女子陣は動かなかったが。

 ……だがその光景を見ていると、自然と「友達」というワードが想起される。友達、か。


(恐らく)友達が欲しい、並來譜。そして私たちはそんな彼女を捕まえに行く。

 ……一応、私にも友達はいるけど。友達になるのって、こんな面倒な手順を踏むものだったっけ。なんて思ってしまうのだ。


「あ、ほら、着いたぞ~」


 車が停車し、狭い車内で忍野さんから逃げ回る泉さんがそう告げる。それと同時、忍野さんは盛大な舌打ちをして席に戻った。構うのが馬鹿らしくなったらしい。


 運転してくれた人にお礼を言いつつ、私たちは車を降りる。運転をしてくれた人は、確か泉さんの元部下だとか。彼は笑顔で私たちのお礼を受け取ってくれた。


 そんなやり取りもそこそこに、私たちは目の前の建物を見上げる。……ここが、今日の待ち合わせ場所だ。


「……にしても、もう使われていない学校が待ち合わせ場所とは、趣味が悪いよね~」


 言葉ちゃんが嫌そうな声でそんな感想を述べる。


 そう、ここは廃校になった──正確に言うと、他の学校と統合された──、〝使われなくなった〟方の校舎だ。

 建てられた時からもう随分と時間が経っているらしく、外からこうして眺めるだけでも、その古さがよく分かった。壁はひび割れ、伸びた草木は特に手入れされることなく放置。ところどころに割れたガラスや、何かの像だったのか、岩の欠片たちが地面に無造作にばら撒かれていた。

 人がここを使っていないのは、明白なことである。


 そして天気が悪いということも影響しているのだろうか。なんだか、おどろおどろしい雰囲気がこの場を包んでいた。言葉ちゃんがさり気なく私にくっついてきたのは、たぶん気のせいではない。


「……別に怖くねーし!?」

「いつも言っていますが、何も聞いていません」


 言葉ちゃんが怖いものが苦手だということは、もうなんとなく知っている。本人から言われたわけではないが、態度で分かる。


 さて、待ち合わせ場所に来たわけだが、誰の姿もここにはなかった。辺りを見回すがてら、戦線を共にすることになる仲間たちの顔色を窺う。まあ、言葉ちゃんは怖がっている様子だがいざという時には動くと知っているので、いいとして。

 緊張した様に青白い顔をしている大智さん。まあこちらもいつものことだ。その隣で、ぼーっと目の前の景色を見ているカーラさん。……。


「……カーラさん、大丈夫ですか」

「……え? あっ、大丈夫だよぉ。イエロー、頑張るね!」


 私が声を掛けると、彼女は弾かれたように顔を上げる。そしてその顔に笑みを浮かべると、言葉と共にガッツポーズをして見せた。……確かに、ずっとベッドで寝ていた頃よりはマシだと思うが……。

 やはり、弱々しいという感想が拭えない。顔色が悪く見えるのは天候のせいではないのだろうし、髪や瞳の色の濁りの範囲は昨日より広がっている。……また体調が悪くなっていっているのだろう。


「……やっぱり、カーラさんも後衛に切り替えた方が……」

「ううん! 本当に、大丈夫だからっ!」


 今日の作戦は、女子陣が前に出て、対話を試みる。成功すればそのまま話を続けて、署まで誘導。失敗すればそのまま戦闘になるだろうからと、比較的友好的な性格かつ、戦闘力のあるカーラ゠イエロー・パレットも前衛に加わることが決まった。

 ……だけど、対話なら言葉ちゃんが1人いれば事足りるだろうし、戦闘には私も加われる。カーラさんが無理までして前に出る必要は無いのだ。


 だがカーラさんは、首を横に振る。そして私のことを真っ直ぐに見つめると。


「イエロー、今日は大事な日だと思うの。ここで引いたら、いけないと思うの。他の人格も、同じように思ってる……行きたいって思うの。だからお願い。このままで行かせて!!」

「……」


 私はそれに答えられない。気づけば言葉ちゃんと大智さんが、こちらを窺うように見つめていた。

 なんと、答えるべきか。私は口下手なのだ。だから対話には加わらないことになったのだし。そうやって、黙ったまま考えていると。



「わぁ、嬉しい!! こーんなにわたしとお友だちになりたい人が来てくれたんだねっ!!」



 背後から、そんな無邪気なまでの声が響き渡った。

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