「湖畔隊」メンバー、勢揃い

 休憩の後……暗証番号は、なんとか覚えた。だが、とりあえず緊急用のやつと、ここ3ヵ月ぶんだけ。それだけでも大変だったが、少なくなっただけマシだった。そう思わないとやってられない。


 とりあえず今のところ、使うのは2つだけ……1つは17桁の暗証番号で、もう1つは15桁。なんと、移動装置ごとに桁数まで変わるときた。

 実際に(ダミーではあるが)エレベーターのボタンを押させてもらい、体で覚えるのは効果的だった。……えーっと、4235112……。っと。


 認証システムの登録も済ませ、とりあえず、終わった。


「2人とも、お疲れ。覚えられたか?」

「うん……なんとか……」

「……今この場から一歩でも動くと、忘れそうです……」

「あー……分かるよ、うん……帰る前にもう1回確認しておくか?」

「「お願いします……」」


 また私と言葉ちゃんの声が重なる。2人して死んでいた。


 ここは極秘機関だから、これだけ警備が厳重なのだろう。それは分かる。分かるのだが……こんなことになるなら、仕事の手伝いを承諾するんじゃなかった……今となっては全部、後の祭りだけど……。


「ほら、今日も『じかん堂』のどら焼きをしんぜてやるから。元気出せ~」


 なんとも変な日本語の使い方をし、泉先輩が私たちの頭の上にどら焼きをそっと置く。……1日に50個しか販売されないというあれ……今日も買えたのか……。大人しく受け取り、開封。あっという間に漂ってくる、香ばしい小豆の香り。自然と私の手は、口にそれを運び、そして口は勝手に咀嚼していた。……今日も美味しい……。

 ちら、と横を見ると、言葉ちゃんも半泣きで食べていた。……泣いてはいないものの、私もきっと似たような表情を浮かべている。


 こほん、と咳払いをし、気持ちを落ち着けた。……イレギュラーが相次いで、私らしからぬ行動が多かったように感じる。気を付けなければ。


「ありがと~先輩~……甘さが身に染みる……」

「……ありがとうございました。美味しかったです」

「ふふ、そうだろうそうだろう」


 泉さんはゆっくり、そして重々しく頷く。俺も残業続きの時はこれで乗り切って……というエピソード付きだ。……明け星学園の生徒会長もブラックで、ここの仕事もブラックだというのか……。

 生徒会長と理事長の仕事を手伝わされた昨日を思い出す。そして思わず小さくため息を吐いた。


「で、今覚えた暗証番号を使って、今度は自力でここに来てくれ。もちろん、2人一緒でも良い。時間は原則放課後。土日は午前から来てくれると助かる」

「……はーい……」


 それは契約書にも書いてあったことだ。休日返上は悲しいが、大半の警察は皆そうだろう。だから、文句は言わずに我慢する。


 そこで、コンコン、という音が響いた。私と言葉ちゃんは、その方向へ視線だけ向ける。体まで向ける余裕はなかった。

 そこにあるのは、扉。当たり前だが、私たちもここに入る時に使った。


「隊長……呼ばれた通り、来ましたが。入室の許可を」

「あ、来たか……。小鳥遊、伊勢美、起き上がれるか?」

「んー……仕方ないなぁ……」

「……大丈夫です、けど……」


 泉さんに言われ、気怠そうに起き上る言葉ちゃんに対し、私は……扉から視線をそらせずにいた。


 ……あの扉の前にいるのは、「隊長」という言葉通り……泉さんの部下、ということになる。だが、今の声、聞いたことがある……。

 ……具体的に言うと、昨日。お2人と夕飯を食べに行った時、絡まれた……あれの、女性の方と。


 だが昨日のハキハキした物言いとは違い、今日はなんとも冷徹な雰囲気だった。確実に「同じ声だ」とは思うのだが、「同じ人だ」とは思えない……。


 考えながら起き上り、それを確認した泉さんが、入れ、と告げた。


「失礼します」


 再び同じ女性の声がし……扉が、開く。

 そして入って来たのは、2人の人間だった。


 一方は、恐らく声の主である女性。……というより、少女だ。身長が……目測に過ぎないが、140センチもない。をハーフツインテールにしており、黒い……ゴスロリのようなワンピースを身に着けている。色々目立つ格好をしているが、見た目の年齢の割に落ち着いた印象を与える。……きりっとした顔つきのせいだろうか。


 そしてもう一方は、とても身長の高い男性だった。私が今まで出会ってきた男性の中で……恐らく、一番高い。190くらいはありそうだ。そしてベージュ色の髪は長く、後ろは肩くらいまであり、前は目を隠すくらいある。そして服装はダボダボでよれよれのシャツ、カーディガン、ジーパンと……横にいる少女と対極的に、なんだかパッとしない。小刻みに全身が揺れ、長い前髪の下に覗く瞳が泳いでいることもあり、なんだか頼りなさそうだ。


 ……何というか、凸凹な2人組である。


 そして記憶の中、夜の闇に浮かぶシルエットを思い出す。……うん、一致するな……。

 やはりこの2人……昨日会った……。


「隊長、何の御用でしょうか。……そして、そちらの方々は……」


 少女がちらりと、私たちに視線を向ける。……私に向ける時間が、少しだけ長かった気がするが……彼女は特にコメントはしなかった。ただ少女の後ろにいる彼は、私のことを見て露骨に青ざめている。それが私の予想を裏付けた。


 ……だが、向こうの出方が分からない以上、私も迂闊には何も言えない。


「ああ。そこも含めて、ちゃんと説明する」


 その言葉は、私たちにも向けられていた。泉さんはパンッ、と1回手を叩くと、両手を横に大きく広げる。





「ここにいるメンバーが、対異能力者特別警察の特別部隊、通称『湖畔隊』のだ。皆、同じ任務に挑むわけだし、仲良くしろよー」





 そして笑顔で、そう告げるのだった。





※挿絵あり→https://kakuyomu.jp/users/rin_kariN2/news/16817330669103227384

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