前途多難
その書類に書いてあったのは、主に守秘義務のこと。生命的な危機が伴うことがあるが、どんな怪我を負っても、死に至っても、それは自己責任だということ。もちろん守るけど、それを前提として。あとはその他法律がツラツラツラツラと……。まあつまり、契約書だった。
なんとか全部読んだ。理解した。もともと逃げ場など用意されていないので同意した。最後のページにサインするところがあったので、そこに署名した。
「……うん、2人とも書けたね。お疲れ様、これら破ったら抹消するので、よろしくね~」
「笑顔で言うことじゃないと思います……」
「ていうかこの契約書だけで僕たちの生命終わりそうだったよ!?!?!?!?!?」
「はは、まだそれだけ喋れるなら、2人とも元気そうで安心した」
そう言って笑い、最後のページだけ回収して引き出しに収める泉さんが、悪魔か何かに見えた。腹の底で何を考えているのか、全くもって分からない。いや、もともと私は、人の裏を暴けるような技量を持ち合わせてはいないが。
「じゃあ2人とも、死んでるところ悪いけど、今やれることは全て終わらせておいてしまいたい。ホシ……まあ、異能犯罪者は、俺たちのことを待ってはくれないからね。とっととやってしまおう。……でも、まあ、俺も鬼じゃないし。……休憩する?」
「……ううん、大丈夫っ!! まだまだやれるよっ!!」
「……まあ、いいですよ……一度休むと動き出せなくなりそうです……」
気を取り直し、張り切る言葉ちゃんと、面倒事は早く済ませてしまいたい私。
すると泉さんは驚いたように目を見開いてから……そうかそうか、と言わんばかりに何度も頷いた。
「やる気があって嬉しいな~。……じゃあ、2人にはしばらくここに通ってもらうことになるからね。まずはここを開くための認証システムの登録と……暗証番号の暗記をしてもらおうか」
「……」
認証システムの登録とは、あれだろう。虹彩認証……とか言っていたやつ。だが暗証番号は……正直、自信がない。
記憶力がないわけではない、と、思う。だからといって、すぐに覚えられる自信は……。
ちらっ、と横を見る。……言葉ちゃんは特に何も気に病んでいる様子はない。……まあ、当たり前だろう。言葉ちゃんほどの天才なら……暗記は造作もないだろうし……。
すると私の視線に気づいた言葉ちゃんが私を見て、そしてニコッと笑う。
「そんな不安そうな顔しなくてもだいじょーぶだよ、とーこちゃんっ!! さっきの先輩の手の動きを見たところ、暗証番号は15~20桁みたいだし!!」
「……あっ、はい……」
15~20桁だから大丈夫、と言われましても。私からしたらそれだけでもだいぶきついのだが。……だがそれを言い出せる雰囲気でもなく。
……するとそこで、泉先輩がおずおずと口を開いた。
「……あのさ、悪いけど」
「え?」
「この暗証番号、2台で番号違うし……1か月ごとに、番号が変わるんだ。あとは緊急時……暗証番号が外部に漏れてしまった恐れがあるときも変わるから、それの15パターンも覚えてもらわないとだし……」
「「……」」
2台で番号は違う。しかも1カ月に1回、番号は変わる。また、緊急時用の暗証番号もある。……。
1年分の暗証番号を覚えようとすると、少なくとも単純計算で、15×2×12+15で……計375桁。多くて、495桁……。
「外部に漏らしたらいけないから、暗証番号をまとめた紙とかないし、全部口伝することになるし、番号間違えるとトラップ発生する仕組みになってるから、まあ瀕死くらいにはなるし……今すぐここで、全部覚えてもらうことになるけど……じゃないと次自力で入れなくなるし……」
「「……」」
横を見る。流石の言葉ちゃんも、青ざめていた。
「……ちなみに……ちなみにだけど先輩、先輩は……どれくらいの時間で、それ全部……覚えた?」
「え? えーっと……」
言葉ちゃんに質問された泉さんは、虚空を見上げ……。
「……30分以上はかかったけど……1時間は、かかってない、と、思、い、ます……」
私たちに視線を戻す。その口元は、引きつっていた。たぶん、ちょっと常軌を逸していることは、分かっているのだろう。
……いや、ちょっとではないだろう。絶対。
この人、ヤバい。
ちゃんと覚えて、そして今日まで、その記憶をしっかりと維持しているのだ。
私たちは、思わず顔を見合わせる。恐らく、考えていることは一緒だろう。
「「休憩ください……(!!)」」
さっき頭が痛くなるくらいの文字のある契約書を読んだ、この疲れた頭では、流石にそんな多大な情報を暗記をするなど不可能だ。いや、元気な時にも出来るのかと聞かれたら、それは無理だと答えるけれど。
やるしかないのだ。何故なら、契約書にサインしてしまったのだから。
腹をくくるしかない。その心の準備のためにも、今は何よりも……休憩だ。
休憩を求める、私たちの声が重なる。今だけは、言葉ちゃんと仲良いだと言ってくれてもいい。
そんな私たちに泉さんは、あっ、はーい……と、苦笑いを浮かべた。
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