第18話「空と土」
ほぼ無能力者
「──明け星学園の生徒、
目の前に立つ、青髪の青年……
「俺たち『湖畔隊』に協力し、最重要任務の解決に尽力せよ」
湖畔隊、最重要任務。
「……」
「……」
私も言葉ちゃんも、それに対して黙っていた。なんだろう、なんて答えればいいのだろう、という感じだ。シンプルに「はい」とか言えばいいのだろうか。この組織特有の返事とかあったりするのだろうか。小説とか漫画でよく見るような……。
そう考えている間にも、時間は淡々と過ぎていく。恐らく10秒も経っていなかったが、この沈黙だと、10分くらいは経過した気分だ。
……気まずい。
すると泉さんは、黙って腕を組んで俯いた。そして。
「……いや、あの、すみません……カッコつけただけです、はい……」
泉さんも、この沈黙に耐え切れなかったらしい。
彼は顔を上げると、慌てたように胸の前で両手を振った。
「えっと!! 最重要任務の解決に協力してもらう感じになるけど、でもお前らは学生だし、本職は勉学だから、そこまで深く関わらせるつもりはない……です。はい」
すっかり泉さんの方が委縮してしまっている。さっきまではこの人が一番偉そうだったのに。このへりくだる姿と、さっきのが、上手く一致しない。
「……ま、対異能力者特別警察の協力要請なんて、いつものことだしねー。それのちょっと危ないバージョンってことでしょ? だいじょぶだいじょぶ。上手くやるよ」
そこで横にいた言葉ちゃんが、ぐいーっと上に伸びをしながらそう言った。いつもの、こと……。
すると私の視線に気づいた言葉ちゃんが、左手の人差し指をクルクルと回しながら教えてくれた。
「明け星学園と対異能力者特別警察は、協定関係を結んでるの。対異能力者特別警察……あー、長いなぁ。〝
タイトクは、ある事件の解決のために、異能力者の協力を要請する。そして明け星学園は、生徒を貸し出す。代わりに生徒は、その日の成績は出席をしなくても保証されたり、特別技能点が加算されたり、事件解決の実績が出せたら、将来の就職に有利になったりするの。
もちろん生徒側に拒否権はあるよ。対異能力者、って名前についてることから分かる通り、異能犯罪者を相手にするわけだし、少なからず命は懸けるから。……まっ、要請を断る人はあんまりいないけどね。出し惜しみなく異能力を振るえる機会だし、授業出なくていいし、でも成績はもらえるしで、皆からしたらメリットばっかみたい。
……ま、タイトクには泉先輩みたいに、明け星学園出身の人が多いということ。そして明け星学園は世界で唯一の異能力者のみで構成された学園で、異能倫理やそれに関する学習がしっかりしている、という観点で評価されて、協定関係を結ぶに至ったんだ」
「……なるほど」
明け星学園と言う場所は、やはり……多方面に顔が広い。特に異能力が関わる所へは。エリートの中のエリートの通う高校、というのも納得できる。
「伊勢美、知らなかったのか?」
「……知りません。興味もありませんし、要請されても断ると思いますし……」
「ま、君みたいな性格ならそうだろうけど。……君は一応、危険人物だからねぇ。易々と協力要請なんて出来ないから、話を回さないようにしてたんだ」
「……それはどうも」
断るという手間がなくて助かった。
お礼を言うなんて、おっかしー。と言葉ちゃんはケラケラと笑った。
……まあ、結局今回こうして、要請を受けてしまっているわけだけど……。
「僕は結構、呼ばれることが多いよ~。まっ、大半は断ってるけどね!! ……忙しすぎて死ぬから」
「え? でもお前、2年の時はかなり行ってなかったか?」
「生徒会長業務はなかったし、副会長も言うてそんな仕事なかったじゃん……今僕、1人なんだよ?」
「他にも誰か入れればいいだろ……」
「……入れるような人が、いなくて……」
泉さんの提案に、言葉ちゃんは気まずそうに目を逸らしている。泉さんはその解答を予想していたのか、はぁ、と呆れたようにため息を吐くだけだった。
「……泉さんは、呼ばれることはなかったんですか?」
私はふと思ったことを、聞いてみた。
言葉ちゃんが2年生の時は、よく行っていた。つまりそれは、泉さんが学校に在中していると分かるからこそ出来る行動だろう。
でも泉さんは生徒会長だったわけだし、呼ばれることもあったんじゃ……。
「……」
すると何故か、言葉ちゃんが口を「あ」の形のままで停止させていた。……えっと。
……なんか、聞いちゃいけないこと、聞いちゃったのだろうか……。
「……俺は、『史上最弱の生徒会長』だったから」
すると泉さんが、ぽつりと口を開く。
「俺は異能力者だけど、ほぼ無能力者だから、そう呼ばれてたんだ。……分かるだろ? 弱いやつは、戦場で足を引っ張るだけだよ」
彼はそう言って、肩をすくめた。その顔には、苦笑いが浮かんでいる。
もう口にし慣れた。そう言わんばかりに……。
……そう思わせようとしている割には、悲しみややりきれなさが滲んでいる。……そう、感じたが。
まあ、言葉ちゃんが固まった理由は分かった。私が失言してしまったということも。
「……そうですか」
「そうそう。……俺が今ここにいるのも、俺が明け星学園の元生徒会長だから、っていうフィルターのお陰で、異能力のお陰じゃないし。……ま、そんなことはどうでもいいや。話を進めよう」
泉さんは何でもないような口調でそう告げると、パンパン、と手を叩いた。……そして机の引き出しを開けると、そこから取り出したのは……。
「……2人とも、この書類全部読んで、理解して、同意したらサインしてね」
「「……」」
目の前に積み上げられた2つの書類タワーを見て、思わず黙る私と言葉ちゃん。思い出すのは昨日のこと。矢継ぎ早に来る仕事……どれだけ目を通しても迫りくる書類、書類、書類……。
だが残念なことに、今回これは分担して出来なそうである。
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