陸上部で200m走
「部活動体験……別にそれは構わないよ」
何を言うと思えば、とでも言うように、部長さんは微笑む。そして私に視線を向けると、優しい笑みを浮かべた。
「君、陸上部に興味があるの?」
条件反射だった。全力で首を横に振る。すると部長さんは、あれ、とでも言うように訝しげな表情になる。その表情をそのまま、雷電先輩に向けた。
「……じゃあ、どういうこと?」
「いや、なんとなく」
なんとなくで行動しないでほしい、と思わず心の中で文句を言う。言い出せない雰囲気だったので、口は堅く閉ざしていたが。
なんとなくって、と、部長さんも戸惑った様子だ。だが大きくため息を吐くと、いいよ、と呟いた。
「君、何か興味ある競技ある?」
「え、ええ、えっと……」
「それか、得意な競技でもいいよ」
そう言われても、私は運動が得意な方ではない。体育の授業以外で好き好んで運動をしたことなど……。
……好き好んでではないが、春松くんと運動はしていたか……。
前よりは、少しは出来るようになっているかもしれない。
……まあそう思ったところで、何をしたいか、なんて浮かばない。得意なことも分からない。どう答えるべきか、考えていると。
「じゃあ灯子ちゃん、シンプルに200m走しない?」
「……誰と?」
「俺と!」
隣にいる雷電先輩からそんな提案をされる。先輩は両手の人差し指を自分に向けて、とても楽しそうな様子だ。
そこで私は先程の会話を思い出す。厳密に言うと、「俺の足を買ってくれているのはありがたいですけど」という先輩の台詞を。
「い、嫌ですよ……先輩、絶対足早いじゃないですか……」
「えー? ……まあ、同性と走っても普通に早い方ではあるけど……俺たちには異能力があるじゃん?」
そう言って雷電先輩は、右手を私の前に出す。……そしてそこからパチン、と音が響き、小さな雷が轟いだ。
「……異能力を使うのって、ズルじゃないんですか?」
「異能力の使用は認められてるんだよ。大概、一般部門と異能部門に分かれてるから、圧勝的な感じにもならないしね」
ちなみに、異能力を使わなければ異能力者が一般部門に出ることも出来るよ。それにしても制約とか多いけど。と教えてもらえた。へぇ、と私は相槌を打つ。……元無能力者の私だが、全然知らなかった。まあ、運動分野は完全な専門外なので。
「灯子ちゃんと健全な勝負してみたいと思ってたし、やろうよ! もちろん俺も遠慮なく異能力使わせてもらうけどさ」
ね? と先輩は笑う。思い浮かべているのは、体育祭の時に私たちがした異能バトルだろう。あの時はお互い正気で、でも命懸けで戦っていた。……その時のことを引き合いに出すということは、少なからずまだ気にしているのかもしれない。
間接的ではあるものの、一度ちゃんとした勝負をした方が、この人の気も晴れる、のだろうか……。
「……分かりました」
考えた末、私はそんな返事をする。すると雷電先輩は、嬉しそうに頷いた。
というわけで部長さんに促され、私たちはスタートラインに並ぶ。コースは直線。ゴール脇には部員の人が立ってくれていた。どちらが早かったか、判定してくれるらしい。
クラウチングスタートのため、その場にしゃがむ。……今更だが、スカートだから邪魔だなぁ、なんて思った。それに裾が地面に付くから、あとで洗濯しないといけない。
「On your marks」
部長さんが、流暢な英語で告げる。
「Set」
そして、ピストルの音が校庭に響き渡った。
考えていたことはとりあえず、相手を妨害するような異能力の使い方は間違いなくNGなのだろうな、ということだ。
異能力はあくまでも、威力の加速に用いるのみ。だから先輩の方も、スピードアップのために使うのだろう。
ただ、隣のコースを走っているということで、距離はそれなりに近い。そこは気を付けなければ。
「……ッ!!」
空気抵抗をほぼ0にまで消し、私は必死に足を動かす。だが隣を走る雷電先輩も、前に雷を巡らせてある一点に固定させては、それを辿るように引き寄せて、自分の体を前にやる……などといったことをしているようである。電気、つまり光なので、そのスピードはとても速い。ずっと使い続けるのは不可能なのか、私に抜かされそうなときに使用していた。
……だが、不利なのは私の方だろう。これは完全に、体格差の問題。歩幅が全然違うのだ。私の一歩は、どれだけ頑張っても雷電先輩の一歩には劣る。先輩は、私の歩幅の1.5倍ほど……と見るべきだ。
ずっと異能力を使い続け、空気抵抗を無視して走れている私の方が、安定したスピードが出ている。だがラストのところで先輩は確実に異能力を使う。一気に差を付けて、そのままゴールをするだろうということは、明白だった。
だから私は、考えた。
ゴールまで残り数メートル。……私が先輩だったら、ここで仕掛ける。
すると私の予想通り、先輩は素早く異能力を使用した。終着点は、ゴール。……それを見ると、私は。
先輩と、全く同じ動きを取った。
隣で先輩が驚いているのが分かる。だがどちらも手を抜くことはない。そのまま全力で手繰り寄せる。スピードは、ほとんど同じ……!!
……だが私は、直前で電気を打ち消した。本当の本当に、ゴールの直前。そこで私は……。
背後に突風を発生させ、背中を押す。私の体は、前に倒れ込んだ。
前までの私なら、ここで無抵抗に転んでいただろう。しかし今の私は地面に両手を着くと、そのまま一回転。そして両足を着いて着地を決めた。
私は一息ついてから、審判の方を振り返る。審判はしばらく私を呆けて見つめていたが、私の視線に気づくと、大きく肩を震わせる。
「あっ、えっと……今の勝負、彼女の方が早かった……です!」
審判の判断に、私の隣に来た雷電先輩が、あ~、なんて呟く。少し悔しそうだった。
「……まさか灯子ちゃん、俺の手法をそっくりそのまま使ってくるとは思わなかったよ~」
「ああ……便利そうだったので……」
「それで出来るのもすごいよね……しかも最後、なんか出し抜かれた感じがしたし……」
もっとあれはこうして……した方がいいのか……? なんて、雷電先輩はブツブツと呟いている。何やら彼の闘争心みたいなものに火を点けてしまったようだ。
そう考えていると、こちらに駆け寄る人が。それは部長さんだった。
「いや~!! すごい勝負だったね!! まさか閃くんに勝つ子がいるとは。……閃くんが負けたら、その罰に陸上部に入れてやろうかとも思ったんだけど」
「えっ聞いてないですよ~。……勝手に変な条件付けないでください……」
流石の雷電先輩でも、上手く流せなかったらしい。露骨に苦笑いを浮かべている。
だが部長さんは、そんなことなど気にしていないらしい。何故なら彼女の輝く瞳には……私が映っているから。
「ねぇ君!! 陸上部に入ってよ!! 君なら絶ッッッッ対、ウチのエースになること間違いなし!! だよ!!!!」
「え、ええ、えっ……」
詰め寄られ、私は情けない声しか出せなくなる。ヤバい、これ以上興味を持たれる前に、逃げなければ……。
と、思っていると、雷電先輩が後ろから私の方に両手を乗せた。そしてグイ、と後ろに引くと。
「……部長さん、突然の部活体験だったのに、ありがとうございました。でも俺たちは陸上部に入る気はないので……失礼しまーーーーーーすっ!!!!!!!!!!!」
そして小声で、走るよ、と囁かれる。あ、はい、と返事をする前に……私たちは走り出していた。
コラーーーー!!!! 逃げるなーーーー!!!! という部長さんの怒声を追い風にしながら。
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