部活動体験?

 デート。


 しばらく頭が、その言葉を理解することを拒んだ。


 だが気づいたころには、決まりね! と嬉しそうに笑っている雷電先輩の姿があって。もう私に断る余地はないと知って。ここから無理をして断るのも面倒だと思い。……心のどこかで、放課後に予定が出来たことに安堵し。


 デート。改めてその言葉を反芻する。そういうのは付き合っている者同士がするのではないのだろうか。いや、なんかいい感じの2人が一緒に出掛けるってなった時に、「え~!? それってもうデートじゃん~!!」なんて言っている女子が、中学の頃いたっけ。じゃあ私たちはいい感じとかいうやつなのか? 分からない。生まれてから今日までの約15年、もうすぐ16年、誰かに好かれたこともないし誰かを好いたこともない。デートだなんて論外だ。いや、ふざけて「これデートだね!!」なんて言ってくるやつはいたけど。それはノーカウントだろう。


 私は頭の中でグルグルと考えながら、ただ先輩に手を引かれていた。校内を歩けば、当然人がいる。先輩も私も校内でそれなりに有名人だから、視線が全身に突き刺さっているのが分かる。確認はしたくない。


 だけど声は聞こえる。なんであの2人が? とか、流石女好き、転校生にまでか、なんて聞こえてくる。半数は嘲笑とか僻みとか、そういった類だった。

 ……いたたまれない。


 すると彼は歩きつつも私の方を振り返り、私に笑いかけた。


「そう緊張しなくてもいいよ、灯子ちゃん。デートと言っても健全なものだし、学校から出ないつもりだから」

「は……はあ……」


 そして先輩はその場で立ち止まり、リラックス~、と私の手を優しく握りながら声を掛ける。だが私の戸惑いは拭われることはなかった。


「……なんで急に、デートだなんて」


 家事とかしないといけないんじゃないですか、と続ける。戸惑いをそのまま、疑問として口に出すと、雷電先輩は心底不思議そうにキョトンとしてから……すぐにまた、いつもの明るい笑顔に戻った。


「この俺が、元気のない女の子を放っておくわけがないでしょ」


 家事より君の方が大事、と彼は真っ直ぐな視線で告げる。あまりにも曇りの無い瞳で言われたものだから、今度はこっちがキョトンとしてしまった。


 ……なるほど、彼らしい発言だし、こういう献身的なところに惹かれる人は多いのだろうな、と思った。

 ……私は、それを私に向けられても、と思うだけなのだが。



 まあ先輩が私と付き合いたいわけではないのだろう、ということは重々承知だ。そこまで自惚れていない。というか、現実的にあり得ない。

 相変わらず戸惑いはあるが、大人しく付いて行ってみることにした。


 ちなみに春松くんにさっきのことを説明すると、その人行動力すげぇな。了解、楽しんで来いよ。と返って来た。行動力がすごい、ということには全面的に同意である。


 それで、一体どこに行くのだろう。この方向は、校庭に出る正面玄関……とかだろうか?

 だが今は部活中のはず。私のような無所属が無闇に足を踏み入れるのは、憚れた。


「……先輩って、部活とか入ってるんですか?」

「いや? そういう暇ないしねー」


 あっさり否定される。じゃあなんでこっちに来ているのだろう。


 手を引かれ、私の予想通り正面玄関から外に出る。……目の前に広がる校庭では、沢山の生徒たちが部活動に励んでいた。喝を入れるための大声が響き、指示を出す大声が響き、応援の黄色い声が響いている。……ものすごい大合唱だ。


「うーん、あんまり男子が多いところだと俺が気まずいからな……」


 よし、と彼は小さく呟くと、方向転換をする。付いて行くと……やがて、とある集団の元に辿り着く。そこでは走ったり、飛んだり、投げたり……様々な競技に励んでいる人たちが。男女比は、男1、女1、くらいだろうか。

 まあつまるところ、陸上部だった。


「あっ、閃くんだ~!」

「どうしたんですか~?」


 すると女子の一部が、光より早いスピードで先輩のもとに集まる。他の部員もそれで私たちの存在に気づき、眉をひそめていた。

 先輩はその女子たち1人1人に、丁寧に応対している。……隣に立つ、しかも手を握っている私は、なんとなく肩身が狭かった。


 そうしていると、こちらに近づいてくるもう1つの影が。……それは大人びた顔をした女子生徒だった。


「あら、閃くん。一体どうしたの?」

「あ、部長さん」


 雷電先輩は顔を上げると、そう言う。どうやらこの女子生徒は、陸上部の部長らしかった。

 陸上部部長さんは、久しぶり、なんて軽く手を振る。……そして、その目をスッと細めた。その目はまるで、良い獲物を見つけたかのようで。


「もしかして……陸上部に入るって話、考えてくれた?」


 え、と思わず顔を上げた。……先輩、陸上部に勧誘されていたのか。


「あはは、俺の足を買ってくれているのはありがたいですけど、なんせ時間がないんで。違いますよ~」

「へぇ、女の子を引き連れる暇はあるのに?」

「これは俺の使命みたいなものですから」


 部長さんはその発言と同時、雷電先輩の周りに群がる他の陸上部部員たちを睨みつける。すると彼女たちは大きく肩を震わせ、そそくさと練習に戻って行った。

 この場には、私と先輩、部長さんだけが残る。……そして何故か、先輩と部長さんはバチバチと火花を散らしている……のが、見えた気がした。


 どうして私が巻き込まれているのだろうか、と思わず遠い目をしていると……私は雷電先輩に、肩を抱かれた。


「お願いがあるんですよ、部長さん。……この子に、部活動体験をさせてあげてほしいんです」

「……」


 この子、とは言わずもがな、私のことだろう。肩を抱かれているのだし。

 ……いや、えっと。


「は????」


 思わず全力で、聞き返してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る