どうしたいですか
「……僕は、泉先輩の意志を継いで、今日まで生徒会長をやってきた。大変なことばっかだけど、あの人の跡を継いだことは、全然後悔してない。
……でもね、分かんなくなっちゃった。あの人が今何を求めて、どうしたいのか、僕には分かんない……」
そう言うと言葉ちゃんは、顔を手で覆った。
「……あの人が、『いつ死んでもいい』だなんて……そんな風なことを考えてるなんて、知らなかった」
「……」
別に、本人がそう言っていたわけではない。だが、あの態度を見れば分かってしまう。
彼は、青柳泉という人間は、生にあまり執着していない。
銃口を突き付けられても微笑んでいた。その瞳には静寂があった。死ぬのは仕方のないことだと言った。不可抗力で死んだらごめんね、と言っていた。自分へ殺意を向けている人間を、のうのうと横に置いている。
ある日いつか、ふと死んでいそうだなんて、そんな不謹慎なことを思った。
「……正しいことを、してみせるから……」
そこで言葉ちゃんが何かを呟く。でも私には、聞こえなかった。
彼女は顔から手を退けると、前を見据える。
「……いい加減、気を持ち直さないとね。泉先輩も、あの後いつも通りだったし……もうすぐ本格的に『五感』逮捕に出向くみたいだし」
「え、そうなんですか」
「え、泉先輩から聞いてない?」
「ないです……」
「……なんか、灯子ちゃんに対する情報伝達のミスが多いね」
そろそろ動くらしいよ、と言葉ちゃんは笑いながら教えてくれた。泉さんの仕事を聞くタイミングを逃したように、今回も私はどこかでタイミングを逃してしまったのだろう。
言葉ちゃんはため息を吐き、少しばかり目を伏せる。……「気を持ち直す」と口では言っているが、そう簡単に出来ないのが事実だろう。
だって、一度知ってしまえば、知る前には戻れない。
「……言葉ちゃんは、どうしたいんですか?」
「……え?」
突如私が投げかけた質問が、言葉ちゃんの視線を引き付ける。それと私の視線を交差させて、私は再び問いかけた。
「言葉ちゃん自身は、どうしたいと思っているんですか?」
「……僕、が……?」
「はい。……今の貴方は、泉さんのために動いている気がします。……ああ、いえ、でも……それはいつもか……」
この人はいつも、誰かのために動いている。
先輩として、優秀な生徒として、生徒会長として、誰かのために動いている。校内だけじゃなくて、校外でもきっとそういった姿勢だ。……この人は、そういう人だから。
……本当に、馬鹿が付くほどのお人好し。
「彼のためじゃなくて、貴方が。……どうしたいですか」
「……」
言葉ちゃんは真っ直ぐに私を見つめ返し……そして、黙って俯いた。
「……私、は……」
そして彼女は小さく口を開く。風が吹いたらすぐ飛んでいきそうなくらい、とても小さくて、とても弱々しい声。
「……あの人に貰ったものが、大事なことが、沢山あるの。だから、貰った恩を……返したい。あの人は、そんなの当たり前のことだとか言って、たぶん、ちゃんと受け取ってはくれないけど……でも、返したい。あの人の役に、立ちたい」
「……そうですか」
意志を口にする言葉ちゃんに、私はそれだけ返す。
口にした言葉は、何よりも強い道標になるから。
彼女は一度目を伏せて、ゆっくり深呼吸をする。肩が上下し、胸は膨らみ、全身が弛緩して、その深紅の瞳が再び目の前の光景を映した。
その瞳には、確かな光が灯っている。
「……ありがと。ちょっと、整理が出来た気がする!!」
「……それなら良かったです」
言葉ちゃんは勢い良くベンチから立ち上がると、大きく伸びをした。彼女の動きを目で追って、自然とこの瞳は空を映す。……星が、瞬き始めていた。
見守られている。きっと。
「灯子ちゃんは?」
「……え?」
「灯子ちゃんのしたいことは、何?」
まさか人に喋らせといて、自分は喋らないとかないよね? と言葉ちゃんは笑う。してやったり、とでも言いたげな笑みに、思わず私は盛大なため息を吐いた。
……貴方の目の前にいる女が殺意を抱いているというのに、随分呑気なものだ。
「泉先輩と、2人で話してた時あったじゃん、そこで何かメリットでも提案されたんでしょ? ……つまり君もここでやりたいことがあるってことだ」
「……」
流石、目ざとい。しかしあの時泉さんが「目を閉じて耳も塞げ」と言っていたのを、律儀に守っていたらしい。……信頼を寄せる先輩からのお願いだから、ということだろうか。
私は一瞬目を逸らし、少し考えてから言葉ちゃんの方に戻した。
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