君は原始星



「男性恐怖症ですか」



「うん」



 その回答に、一切の躊躇いは無かった。


 それをもう受け入れているかのように。……いや、実際、受け入れているのだろう。


「どこで気づいた?」

「……理事長先生と2人っきりで話した後、私の肩に手を置いたでしょう」


 その、手が。


「冷たかったから」


 その後手を握られた時、この人の手は全て温かかった。


 でもあの時は。……あの時だけは、冷たかった。

 まるで、何か緊張状態に囚われているような。


「違和感はそこから。後は、男性と話す際だけ、さり気なく間に私を挟むようにしているな、と思いました」

「そっか。……少し気が抜けていたかもしれない」


 まさか気づかれちゃうとはね、と言葉ちゃんは飄々と笑う。恐らく、隠しているわけでも、おおっぴろげにしているわけでもないのだろう。だって、今までここで生活して、誰もそれを気にしているような様子は無かった。


「どうしてそうなったか、何があったか、知りたい?」

「……いえ、興味がありません」

「知ってた」

「……それに貴方、気遣われるのとか苦手なタイプでしょう。……安心してください。知ったところで、特に気遣ったりしません」

「ふふ、とーこちゃんは優しいねぇ」

「寝言は寝て言ってください」


 ココさんと言い、言葉ちゃんと言い、私のことを誤解する人が多すぎる。

 そう言う、ということは、人生のどこかで男性に、よっぽど酷いことをされたのだろう。大体予測は出来る。


 それでも、興味が無い。

 この人は今、ここにいて。私の知る小鳥遊言葉。それだけで情報は十分すぎるほどだから。

 それ以上でも、それ以下でもない。


 そこでふと、視界の端でまぶしい光が瞬いた。そちらを見ると……空が、白み出している。

 朝が、来るのだ。


 言葉ちゃんはふと、右手で空を指差した。その指の先には、一番星。


「明け星」


 そして言葉ちゃんは、一言そう呟く。

 朝が来て、それでもしばらくは残る。夜と朝を跨いで、繋ぐ、星。


「僕は、あの星みたいになりたい」


 言葉ちゃんは、手を開き、そして、掴むみたいに。……その手で、拳を作って。


「見えないところでも、輝いて、それでも確かにそこにいて、ふとした時に誰かが、僕のことを見つけて、幸せに笑ってくれるみたいな……。夜と朝を超えて、繋ぐみたいな……そんな存在に、なりたい」

「……そうですか」

「とーこちゃんは?」


 その問いかけに、私は小さくため息を吐く。私は。


「輝かなくていいです。誰も見つけなくていいです。……貴方が一等星なら、私は六等星になっておきます」

「ええ、つまんなーい」

「今更わかりましたか。私はつまらない女です」

「ううん、そんなことないよ!!」


 するとそこで、言葉ちゃんが……突然、柵の上に立った。思わず私は固まってしまう。……な、何して……。


「灯子ちゃん。君は、とても可能性を秘めている子だ。いわば、原始星だよ。これからどうとでもなる。良い方にも、悪い方にもなっていく。……これからだ、ここからだ。つまんなくなんてない。今も割と面白いけど……きっと、もっと、すっごーく面白くなるよ!!」


 言葉ちゃんは柵の上を歩く。悠々と、そこが安定した地上であるがごとく。

 柵から手を離した私は、思わず一歩下がる。先程まで私が手を置いていたところに、言葉ちゃんが立って。



「ねぇ、見せてよ。僕に、君がどうなるのか」



 朝焼けをバックに、私を真っ直ぐに見つめて、言葉ちゃんが告げた。

 思わず私は、ため息を吐いて。



「どうせ嫌と言っても、勝手に見るんでしょう」



 ただ淡々と、そう告げる。言葉ちゃんは、うん!! と元気よく頷いて、柵から飛び降りた。いや、うん!! じゃないんだけど。

 ……まあ、もう仕方がない。この人に目をつけられたのが運の尽き、ということなのだろう。

 これからの学園生活が、先行きが分からな過ぎて、ため息を吐きたくなってしまうけれど。

 ……きっと、悪くはない。


【第2話 終】

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