お気に入りの場所
私はその手を取り、まだ日の昇っていないので暗い校内を歩いていた。前を歩く言葉ちゃんはジップアップパーカーを羽織っていないから、少し、いや、だいぶ違和感を抱いてしまう。
校内は静かだった。当たり前だ。こんな朝早かったら。
教室の中を覗くと、数人が眠っている。……皆下に段ボールを敷いているから、もしかしたら学校に泊まる人は段ボールを使う、みたいなシステムがあるのかもしれない。
「どこに向かってるんですか……」
私はその背中に問いかけるが、前を歩く言葉ちゃんが答えるような様子はない。……ただ、言葉ちゃんと繋ぐ左手と右腕に掛けるジップアップパーカーだけが温かかった。
校舎の端っこまで来ると、階段の前に差し掛かる。言葉ちゃんは私を微かに振り返って、微笑んだ。
「足元、気を付けて」
「……はい」
片足だけ、1段乗せて。こちらの手を優しく握って気遣ってくれるその様は……まるで、絵本に出てくる王子様の様だった。高貴な服を身に纏って、お姫様を導く。
……ぴったりだな、言葉ちゃんが王子様。
それが思ったよりはまり役で、私は少し口角を上げてしまったが、その場合お姫様は私か、と思って、考えるのを止めた。私がお姫様とか似合わないし、ギャグになる。
そんなことを考えつつも、私たちはゆっくり、しっかり、床を踏みしめて階段を上っていく。どこへ向かおうとしているのか。何となく予想が付いてきた私は、もうどこに行くのか、とは聞かなかった。
「さーって、着いた~」
全ての階段を上り切り、扉の前で言葉ちゃんはそう言った。そしてパーカーのポケットを探ると、鍵を取り出す。……どこの鍵かは、尋ねるまでもないだろう。
言葉ちゃんは慣れた調子で目の前の扉に鍵を差し込むと、鼻歌を歌いながら鍵を回す。カチャン、と静かな音が響いたと思うと、言葉ちゃんはゆっくり扉を開けた。
「さ、どうぞ」
促されて、扉から外に出る。そこでは……。
──綺麗な景色が、広がっていた。
私たちがやって来た屋上からは、私たちの住む町が望めた。とても綺麗な景色が広がっていた。見事な地平線が描かれており、地球は丸いのだと、教えてくれる。しかも朝早くだから、電気が付いているところは滅多に無くて、余計なものが無い。……そう感じた。
何より。
頭上に輝く星が、とても美しかった。
「どう?」
しばらく黙っていた言葉ちゃんが、そう言って私の隣に並ぶ。私は柵に手を置きながら、再び空を見上げた。
「……綺麗です」
「だよね。……ここ、僕のお気に入りの場所なんだ。元気が無い日とか、落ち込むようなことがあった日は、ここに来るの」
その言葉ちゃんの発言に、私は少し時間を置いてから。
「……言葉ちゃん、落ち込むこととかあるんですね……」
「僕のこと何だと思ってんだよ君は」
「……頭の中お花畑かと……」
「ほんっと失礼だなこの後輩」
言葉ちゃんは一瞬私のことを睨みつけるが、すぐに笑いかけてくれる。そして言葉ちゃんも、空を見上げた。
「……あるよ。僕だって、何でも上手く出来るわけじゃない。よく、『天才』だとか、『完全無欠な生徒会長』とか言われるけど、それは……努力してそう見せてるだけだから。僕だって、出来ないことや苦手なことの1つや2つ、あるよ。……それで失敗して、落ち込んじゃったり」
星は、言葉ちゃんの頭上で輝いていた。この星は……いつだって、言葉ちゃんの弱い部分を、見てきたのだろう。
「失望した?」
言葉ちゃんが、問いかけてくる。私は言葉ちゃんを見つめ、ただ一言。
「……そもそも、私は貴方に何も期待していません」
言葉ちゃんは小さく目を見開いたかと思うと、次の瞬間には微笑んでいた。
「……君らしいや」
「……私からも1つ、貴方に質問があります」
「何?」
私は言葉ちゃんから目をそらし、なるべく重いトーンにならないよう気をつけながら、告げる。
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