疑惑
その後、私は味上と怪我をした一般客たちを別の機関に引き渡し、密香さんに無事に助けられたらしい愛さんと合流した。君が無事で良かった! と抱きしめられたが、それは完全にこちらの台詞だった。
そして言葉ちゃんと泉さんが中心となり、一般客の避難誘導はスムーズに行われ、怪我人は数名のみ。思ったより被害は出ずに終わった。
しかし、まあここまでの騒ぎが起こってしまえば当然、明星祭は中止。せっかく準備したのに、と落胆している生徒がほとんどで、それを見て私も……少し、悲しい気持ちになった。
そして何より、気になったのが。
別機関に味上を引き渡すまで、少し時間があった。だから私は、味上と話す時間を得ていたのだった。味上は気絶していたが、まあそこは叩き起こして。
「……どうして、今日、わざわざこの学園に訪れたんですか」
「……」
味上は微笑を携えて、黙っている。……あくまで白を切るつもりらしい。
私はため息を吐き、仕方がないな、なんて思う。
「……言ってくれたら、私の異能で貴方の味覚を正常に戻しますが」
「……!?」
味上は大きく反応する。こちらを見るその瞳は、信じられないことを聞いたみたいに。希望と、疑念が織り交ざった色をしていた。
……やはり、致し方なく人肉を食べているのだな、この人は。
「……それは、本当か?」
「……信じるか信じないかは、貴方の勝手です」
正直、出来るかは分からない。私の「Z→A」は、目に見えないものの生成は難しい。元理事長と戦った時や初任務の時のように、空気とかならまあ……構成物質を知っているから、どうにかなったけれど。
五感の内の1つ、味覚。感覚なんていうアバウトなもの、本当に生み出せるか分からない。
だけどここで、その不安を見せては駄目だ。ここは、交渉の場なのだから。
「……それは、本当に出来るなら、ぜひ戻してほしいものだ」
「貴方の話が先です」
気丈とした態度を、崩さない。……しばらく睨み合っていたが、やがて味上が目を伏せる。折れてくれたようだ。
そして、味上が話したのは。
私が思わず目を見開き、固まってしまうようなことだった。
「……さて、味覚を戻してもらいましょうか」
しかし固まる私に構わず、味上は私に異能の使用を促す。私は曖昧に頷くと……一度自分の味覚を「A→Z」で消去。すぐに「Z→A」で戻してから……同じように、味上の口元に手を添え、味覚を生成した。
「……これだけ?」
「……ええ。後で何か食べてみたらどうですか」
「……君の指とか」
「貴方の指を切り落としますよ」
全く懲りていない。私は日本刀を取り出し、彼の手に添える。すると彼は閉口した。まったく……。
上手くいったかは、分からない。だがもし失敗したとしても、彼が食事を摂る頃には私はそこにいない。一応、完全犯罪だ。犯罪ではないが。
そうこう話している内に、別の機関が味上を回収していった。それを見届け、私は一息つき。
……もう一度、味上から言われたことを、思い出した。
『私たち「五感」は、警察内部から情報を得ている。……君たち、「湖畔隊」の行動情報とか、だよ。それに合わせ、動いているんだ』
まあ表立ってではなく、それとなく提供されるから、あまり頭が良くない「視覚」や「聴覚」は気づいていなかったと思うけれど、ね。と、味上は肩をすくめていた。
……それはつまり、警察内部に、内通者がいる、ということで。
そして情報は、「湖畔隊」に限定されたもの。
……「湖畔隊」に出された、3ヵ月以内に「五感」全員を逮捕するという最重要任務。一方「五感」には、「湖畔隊」の情報が与えられている。それに合わせ、「五感」は行動していた……?
都合がいい、とは、思っていた。最重要任務が出されてから、「五感」はここら辺で目立った活動を取るようになった。だから私たちはそこに赴き、捕まえ……今日は、文化祭に来るときた。わざわざ向こうから来てくれたのだ。……都合がいいと言う以外に、どう言えばいいのだ。どうして今まで気づかなかったのだろう。
そうなると、内通者の目的は? 「湖畔隊」と、「五感」。この2つで、一体何をしようとしているのだろう。
……そして、一番大事なこと。内通者は、誰だ?
そこで一瞬、考えたくないことが頭をよぎる。……「湖畔隊」の中に、内通者がいるとしたら?
「……」
人のことは、あまりすぐに信用するタイプではない。だがしかし、疑うのが得意、というわけでもない。
次、皆と会う時……私は上手くやれるだろうか。そう考えずにはいられなかった。
【第38話 終】
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