朝の習慣

 遊んでいたら時間が溶けるのは早く。気づけば日付を超えていた……ということが最近習慣化してしまっているのが、何とも言えない。だってこんな時間だというのに、眠くないのだ。昼夜逆転が起こっている、と言っても過言ではないだろう。


 今日は海中要塞に泊まることになり、女性組、男性組と部屋を分かれ、寝ることになった。


 ……ただ、習慣というものは恐ろしい。これだけ眠いというのに、私の体は自然と7時で目が覚める。そして私は二度寝が得意ではない、というダブルパンチだ。だから大人しく、体を起こす。


 部屋の中は、とても静かだ。隣を見ると、言葉ちゃんが眠っていて。……寝息が聞こえない。でも胸元が微かに上下しているから、ただ聞こえないだけだと分かる。……すごい近づけば聞こえるのだろうけど、別にそこまでして確かめたいわけではない。

 そしてやはり、こう、無防備な姿を晒されると……容易く殺せそうだと思うが、やはり負ける気しかしないな、と思い直す。


 ……春松くんは、私が強くなったと言うが……言葉ちゃんに追いつく、いや、追い越すことが出来ていないのなら、何も変わらない。


 そこで視線をもう少し上げ、私は気が付いた。言葉ちゃんを飛び越え、更に隣。そこで寝ていたはずの、カーラさんの姿がない。


 ……自分から出て行ったのだろうか。いや、それとも襲撃……は、ないか。だったら私たちに手を出されていないのはおかしいし、第一、そんな事態になっていたら言葉ちゃんこの人が目を覚まさないわけがない。


 普通に自分から起きたのだろうな、と思い、私は言葉ちゃんを起こさぬよう静かに、立ち上がる。





 別にカーラさんを探そうと思ったわけではない。ただ外に出たくなったので、出ただけだ。


 海中要塞に行くためのエレベーターがある建物。というか廃ビル。その屋上に、カーラさんがいた。見つけてしまったのは、本当にたまたま。

 この朝焼けの中でも、カーラさんの明るいオレンジ色の髪は、良く見えた。


「……おはようございます」

「え? ……あ、おはよっ」


 私が声を掛けると、彼女は振り返り……パッ! と表情を輝かせる。そしてなんとも爽やかな挨拶を返してくれた。


 ……そのことに思わず、度肝を抜かれる。後ろから軽く小突かれたような、そんな小さな驚きが私の中に生じた。


「……何だよ、その『意外です』って言わんばかりの顔!」

「……いえ、貴方に友好的に接されたのが初めてだったので……」

「あー、他の人格って、カーラ第一だからなぁ。まっ、オレもそうだけど、アイツらほど酷くねーよ」


 正直にそう言うと、カーラさんはニシシ、と笑う。なんとも豪快な笑みだった。

 ……この「オレンジ」の人格だったら、少なからず上手くやれるのでは。というか、何かを聞けば答えてくれるのでは。そう思った私は口を開く。……しかしそれより早く、カーラさんが言った。


「あ、そういえばオレたちって、こうしてマトモに話すの初めてだよな! オレは、カーラ゠オレンジ・パレット!! よろしくな」

「あ……伊勢美灯子です」

「知ってる! 他の人格が出てる時も、一応見てはいるからな~」

「……そうですか」


 友好的なのはいいことだと思うのだが、このテンション、言葉ちゃんと近いものを感じる。端的に言うと、付いて行けない。だからつまらない返事をすることしか出来ない。


 ……今まであまり人付き合いをしてこなかったから、気の利いた返事が出来ない自分に、ため息が押し出される。……一応仲良くならないといけないから、もう少しコミュニケーション能力を身に着けておくべきだったか、なんて。


「ねぇ、アンタのこと、なんて呼べばいい?」

「……え、えっと……好きに呼んでいただければ……」

「じゃ、灯子って呼ぶな~」


 ……このカーラさん(オレンジ)も言葉ちゃんもそうだが、このくらいの多少の強引さがあった方が、距離は詰められるのだろうか……。

 私は少し考え、彼女と距離を詰めるべく話してみることにする。


「……カーラさんは……朝、早いんですね」

「ん? まーな~。……他の人格、皆早起きだからさぁ。オレも合わせなきゃいけねーの。生活習慣だかなんだかで。……ていうか灯子も早いじゃん」

「……私も生活習慣ですね」

「おー、偉いな」

「……偉いというわけでは、別に」

「えー、偉いだろ」


 こてん、と彼女は首を傾げる。どうして否定されるのか分からない、と言わんばかりに。

 ……だから私は、適当に頷いておく。漠然と、頷かなければ話が進まなそうな予感がしたからである。


 彼女は満足そうに頷くと、私を真っ直ぐにじっと見つめる。……その髪と同色の瞳の中に、戸惑う私の表情がはっきり見えるほどの距離感だ。思わず一歩引くが、彼女はそんなことには構わない。


「灯子は何でこんな朝早く、ここに来たの? わざわざ屋上に」

「……それは貴方もブーメランだと思いますけど……えっと……」


 尋ねられたからには、答えなければ。私は制服のポケットから、スマホを取り出す。


「……毎日の習慣をやろうかと、思いまして」

「習慣?」


 オウム返しをされ、私は頷く。


「……ラジオ体操です」

「……何それ」


 知らないのか、という思いは言葉にはしない。……確かラジオ体操って、欧米から入って来たものだったと思うけど……この人のところにはなかったのか。いや、確かもう日本の文化になりつつある、とかいう話だったか……。というかこの人、どの国の出身なんだろう。


 頭の中で、色々なことがぐるぐるしている。私は寝起きなのだ。いつもより上手く、頭が回らない。……正常の時が回っていると言えるかすら、分からないが。


「……一緒にやりますか」


 だからそんなことを聞いてしまったのも、頭が回っていなかったからこそだろう。

 カーラさんは瞳を輝かせると、面白そうだからやる!! と、元気良く答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る