誰もが、笑顔で
──
遅れてやって来た私と言葉ちゃんは、目の前の光景に思わず言葉を失った。
「……え、何これ」
「……さぁ」
というのも私たちの追った先……そこには、倒れる理事長先生、そして、それを見下ろす持木くん、雷電先輩の姿があった。彼らは私たちに気が付くと、軽く手を挙げる。
「あっ、会長に、灯子ちゃん!」
「……どういう状況ですか、これ」
私が尋ねると、2人は黙って顔を見合わせる。……いつの間に仲が良かったのだろう、この2人は。
「どういう……」
「……まっ、終わらせておいた、ってだけだな!」
「はあ……」
2人は何だかよく分からないが、すっきりしたような、清々したような……そんな表情をしている。
……まあ、いい……のか……?
「まだ終わってない!!」
すると背後から、そんな大声が飛んできた。
その声が誰かを判別する前に、私は理事長先生の方を見た。……するとそこでは、倒れたままではあるものの、持木くんと雷電先輩に向け、拳銃を構えている理事長先生の姿が。マズい、あれは改造されたもので、1発でも当たったらひとたまりもな……。
そこで素早く動いたのは、私の隣にいた言葉ちゃんだった。一切の迷いなどなく、何かを超高速で投げつける。……それはやはり、彼女が異能力で操った、文字だった。
彼が引き金を引き、発砲される。それらが持木くんと雷電先輩に直撃する……ことはなかった。
銃口から飛び出た弾は、全て言葉ちゃんの文字と衝突し、勢いを相殺されたからだ。……そこに、1発たりともミスはない。
残るのは、静寂。理事長先生だけでなく、私たちまで唖然としていた。
……なんて集中力……出てきた弾を全て見切って、その上で、防ぐ。並大抵の人間には、出来ない。
「……いい加減に……しろよ、テメェはよぉッ!!!!」
この場の物全てを揺らすほどの、怒気を孕んだ大声量。……キレている。完全に。まあ、彼女の性格からして、仕方ないことだと思うが……。
言葉ちゃんは、再び手に文字を纏わせる。そしてそれをぶっ放した。それこそ本当に、銃弾なのではないか、というくらいのスピードで。
もはや庇うことなど出来るわけもなく、銃弾、いや間違えた。文字は理事長先生の腹部を直撃する。流石にそのまま貫くことは無かったが、彼は血と胃液が混ざったものを吐き出すと、白目をむいて動かなくなった。……今度こそ、気絶してくれたらしい。
……だが、言葉ちゃんは止まらなかった。無言で一歩、踏み出す。思わず私も、持木くんも、雷電先輩も、誰も動けない。……まだやる気なのか。止めないと、と、私が思うと同時。
「おい、言葉。死体蹴りしようとするな」
彼女の腕を掴み、止める手があった。
名前を呼ばれ、言葉ちゃんの動きはカクン、と止まる。そしてゆっくり、振り返って。
「……ゲッ、
「目が覚めましたか、腹黒生徒会長」
「目が覚めた、って……僕は正常ですぅ!!!! ……っていうか何シレッと名前呼んでるし腕掴まれてんの!? うっわ鳥肌止まらないんですけど!!!!」
「こういう正気失いかけている時は名前を呼んだ方がいいんだよ!! ……というか俺だって、掴みたくて掴んでるわけじゃねぇし!! あんたは下手に暴走した異能力者より厄介なんだから、自重しろ!! ……周りの顔見ろよ、こんな顔、させたくねぇだろ」
言い返していただけの、突然現れた人物……
「……ごめん、なさい」
小さく、謝罪をする。
墓前先輩はしばらく黙ったが、よし、とやがて呟き、言葉ちゃんの腕から手を離した。
「……あんたがこの学園を愛してることは分かってる。でも、だからこそ落ち着け」
「……説教が長い」
「誰のせいだと」
頬を膨らませ、そっぽを向く言葉ちゃんに、墓前先輩が再び苛ついたような声を出す。……そしてまた2人は喧嘩をし始めてしまった。……もういいや、放っておこう。
「灯子ちゃん」
「……ココちゃん」
そこで私の隣に並ぶ姿があった。持木くんの妹の、
「先程はありがとうございました……助かりました。とても」
「えへへ、なら良かった。……あの、チャラい先輩を追いかけるセーラー服の先輩とたまたま会って……帆紫も行く先にいるみたいだって、異能力で教えてくれたから……あたしも一緒に来たんだ。そしたら、なんか理事長先生がいて……心を読んだら、まだ皆に攻撃しようとしてたから、とっさに声あげちゃって……」
そういう顛末だったらしい。大声上げて、恥ずかしかったな、なんてココちゃんは恥ずかしがっている。だがそれで実際に助かっているのだし、恥じることではない。
私のその言葉に、ココちゃんは照れたように笑った。そして。
「灯子ちゃんの言う通り。……あたしにもちゃんとあった。出来ること!」
その自信に満ち溢れた声に、私も……微笑む。
「……はい」
そこで対異能力者特別警察が、私たちの元にやってくる。どうやら、言葉ちゃんがあらかじめ呼んでいたらしい。気絶していた理事長先生は、かの宇宙人のように両脇を抱えられ、そのまま連れて行かれた。
それを見送りつつ、その背中に私は、心の中で言葉を投げかける。
……先程の言葉を、少し訂正します。
『貴方は私に勝てない』ではなく。
貴方は、私たちには勝てません。
絶対に。
傍の、開けてあった窓から、風が吹き込む。
先程まで静かだったが、徐々に声が聞こえ始めていた。そこに悲鳴や、嘆きの声はない。……安堵の声、優しい声。徐々に戻っているのが分かる。いつもの和やかな、明け星学園が。
下を見ると、聖先輩の姿を見つけた。すると向こうも私に気づき、大きく手を振る。その横にいた瀬尾先輩も、少し遠慮気味に手を振ってきて。
……終わったのだ。面倒な事件が。
爽やかな風が吹く。泣いている人は、もういない。
【第13話 終】
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