第16話「全ては夜の暗闇に溶ける」
再び生徒会室へ
「~♪ ~~~~♪」
「…………………………」
目の前で呑気に鼻歌を歌いながら歩く、青髪の青年……
……明け星学園の、元生徒会長……しかも、あの
……確かに、先程見た彼の戦い方……確実な「勝利」を求め、それに向けて端的な立ち振る舞いをする。ただし自分にも相手にも、一切無駄な怪我をさせない。戦場で、常に冷静に物事を見極めている……。
……下手したらこの人、言葉ちゃんより強いのでは……?
いや、でもそうなると、気になることがある。
『歴代生徒会長はね、何だかんだ、一番保健室の利用率が高いのよ』
『中でも、この子の前の生徒会長はすごくて。ほぼ毎日来ては、そこのベッドで休んでいたわ』
体育祭の時に聞いた、保健室の先生の発言。
……彼は異能力が弱く、保健室の利用回数が一番多かった。
だが一方で。
『……あの人は強いよ。誰よりも』
『……確かに、異能力だけで考えたら弱いけどね』
屋上で聞いた、言葉ちゃんの発言。
誰よりも、なんて言ってしまうくらいだ。彼女自身も、彼が自分より強いと……そう思っているのだろう。
だけど、異能力は弱い。
もう一度、先程の戦闘を思い出す。……確かに彼は体術だったり、武器を使うばかりで……異能力を使っている様子は、なかった。
……強くなるため、ストイックな訓練をしている人なのだろうか……。異能力なしで、言葉ちゃんを上回るほどの実力になってしまうなんて……。
「……」
思考を現実に戻し、彼の背中を見つめる。その出で立ちはなんとも緩いもので、隙だらけに見える。だがきっと言葉ちゃんと一緒で……きっとすぐに返り討ちにされるのだろう。
──私はいつか、小鳥遊言葉を殺さないとならない。
どうすれば、強くなれるのだろう。異能力がなくても、言葉ちゃんに勝つことが出来るというなら、その方法を知りたい……出来れば、盗みたい。
異能力を持っている私が、もし泉さんと同じくらいの強さを手に入れたなら……きっと言葉ちゃんに、敵う。彼女を、殺せる。
「別に俺にそんな熱烈な視線を向けられても、俺から得られるものなんて何もないよ?」
「……えっ」
気づけば泉さんの顔が、目の前にあった。私のことを見て、笑っている。……一切の曇りもない、完璧な笑顔。
私は驚き、立ち止まってしまった。……まるで思考でも読まれたみたいな言い方だ。バレた……?
「俺なんか見てても、つまんないだろうし」
そう言うと彼は、踵を返して再び歩き出した。また鼻歌を歌っている。……バレてない、か……?
……今のは、ジッと眺めてしまっていたのを怪しまれただけ。今は、そう思っておこう。
そう思っていると、生徒会室に辿り着く。相変わらず、そこには長蛇の列が出来ていた。……というか、さっきより酷くなっていないか、これ。
見ると、列は全く進んでいない。そもそも、扉が固く閉じられてしまっていた。そこには貼紙がしてあって、5分休憩ください死んじゃいます。と土下座のイラスト付きで書いてあり……。
「たっかっなしーーーー!!!! 生きてっかーーーー!?!?!?!?!?」
……泉さんはそんな長蛇の列も貼紙もガン無視して、生徒会室に突入していった。
うわぁ、と思ったし、実際に言っていたと思う。長蛇の列に並んでいた方もびっくりしているのか誰も何も言わない。並んでもいないやつが先に入るな、というブーイングが来そうなものなのに。
私はなるべく気配を消し、泉さんの続いて生徒会室に入った。いや、消せていないんだろうけど。
中に入ると、部屋の真ん中で……言葉ちゃんが死んでいた。いや、訂正しよう。部屋の真ん中で倒れていた。寝ているわけではなく、目は開いている。だがその目は死んでいる。決死の思いで休憩を挟んだのだろう。
「おーい、小鳥遊ー、起きろー。死ぬなー」
泉さんはそう言って言葉ちゃんの肩を叩いている。バシバシと音が鳴っていた。遠慮がない。
すると彼女の瞳が彼の方を向く。何度か瞬きをし、ようやくピントが合ったのか……。
「……………………ぃぃぃぃぃぃぃいいいい泉先輩!?!?!?!?!?」
「よっ、元気そうで何より」
「今まさに死んでた人間にそれ言う!?」
言葉ちゃんは一気に体を起こした。泉さんを見つめるその瞳は、とても輝いている。懐かしさのような、喜びのような……そんな様々な感情が、ひしめき合っているのが分かった。
「表、酷いことになってんな~。大方、理事長逮捕したせいで理事長の仕事がこっちに流れて来てるんだろ?」
「うぅ、先輩、話が早くて助かる……」
「この学校、そこいらの先生より生徒会長の方が偉いからな~」
……明け星学園の生徒会長にとって、ブラック企業なのは当たり前らしい。生徒主体の高校、ということは知っているが、ここまでとは……。
というか、全く事情を説明していないのに、現状を見ただけで予測を立ててしまったというのか……言葉ちゃんといい、明け星学園の生徒会長はただものじゃない……ということを再確認させられる。
「まっ、安心しろよ小鳥遊。俺も手伝ってやるから」
「えっ……えっ、えっ、本当? でも、泉先輩の手を煩わせるなんて……」
「俺は仕事内容も大方把握してるし、生徒会長をやってた経験もある。それに……俺とお前の仲なんだ。今更そんな遠慮するなよ、水臭いだろ?」
「せ、せんぱぁぁぁぁい……僕、1人で辛かったよぉっ……ひぐっ、1人でこんな人数捌くなんて無理だよぉっ……心細かったよぉ、わぁぁぁぁんっ」
そう言うと、言葉ちゃんは小さな子供のように泣きじゃくり始める。すると……なんと泉さんは、言葉ちゃんのことを優しく抱きしめた。え、ちょっ……。
私は思わず手を伸ばす。だって言葉ちゃん、男性恐怖症で……あんな男の人と密接に……。
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