「一緒にお昼食べない?」

 私がノートをまとめていると、前に座っていた。持木くんが勢い良く頭を上げた。どうやら起きたらしい。……あんなに爆睡してたのに、授業が終わった瞬間に起きるんだ、と思わず感心してしまった。


「はー……終わったか?」

「終わったよ。あんた、爆睡してたわね」

「だぁって退屈じゃねぇか……」

「そんなこと言ってると、また去年みたいに単位落とすんじゃないの?」

「うっ、それは困る……でもお前も、寝てたじゃねぇか!!」

「えっ、あ、あたしは……ウトウトしてただけ!!」

「大差ねぇだろ!!」


 2人とも起きて早々なのに、大声で仲良く会話をしている。チラッ、と辺りを見回すと、皆そんなに気にしている様子が無いから、どうやらいつものことらしい。

 その騒がしさの陰に隠れ、私がコソコソとその場から移動しようと思った、その時。



「とーこちゃ~ん!! いる~~~〜!?」



 ……教室の前方から、そんな大声が飛んできた。


 バッ、と、教室にいる全員の視線が私に集まり、思わず私は反射的に肩を震わせた。それで声の主は、私がどこにいるのか把握したのだろう。ちょっとごめんね~? と教室内にいる人を掻き分け……私のところまで、辿り着く。


「よっ」

「…………」

「いやぁ、探したよぉ~。明け星学園の敷地って無駄に広いからねぇ~」

「……何か私に、用ですか……?」


 ジリ、ジリ、と、気づかれないように、一歩ずつ、少しずつ、後退っていく。ある程度距離が取れたら、一気にダッシュして……。


 そんな私の考えをひらりと飛び越えるように、彼女は一歩で私との距離を詰めてきた。顔が近づく。また、キスでもしそうな距離だ。……この人、人との間合いの取り方、絶対間違えてると思う。


「一緒にお昼食べない?」





 断りたかったけど、断る理由が特に思いつかなかったため、仕方なく私は言葉ちゃんと中庭で、共に昼食を摂っていた。


「ねー、とーこちゃん。そのお弁当、手作り?」

「……ええ、まあ……」

「そうなんだ!!」

「……何が欲しいんですか?」

「あ、分かっちゃったー? その卵焼きが欲しい!!」

「……」


 これも特に断る理由が見つからなかった。あーんして、と言わんばかりに大きく開かれた言葉ちゃんの口目掛けて、私は卵焼きを放り込む。私好みの、胡椒の効いた味付けだ。

 言葉ちゃんは何度も租借し、満面の笑みを浮かべて両頬を手で抑える。


「ん~~~〜っ!! おいひい~~~〜!!」

「きちんと噛んでから喋ってください」

「ん。……………………。美味しい!! とーこちゃん、料理上手いんだね~!!」

「別にこのくらい……普通です」


 私が注意した通り、きちんと30回噛んでから飲み込んだ言葉ちゃんを、行儀良いんだな……と思いながら、私はそう返す。私も卵焼きを口に含んだ。噛むと、ふわふわとした卵の食感。口の中に広がる、胡椒の旨味……うん、完璧だ。作ってからしばらく時間が経ったけど、味は落ちていない。


「いやぁ、僕も手作り弁当恋しい~~~〜」

「……自分で作ればいいじゃないですか」

「えっ」

「……何か問題でも?」

「い、いや、えっと……僕、生徒会業務とかで忙しいからさぁ~……それより!!」


 何故か言葉ちゃんは、その話題に触れられたくないらしかった。誤魔化しが下手すぎる。……しかし言葉ちゃんの弁当事情など、私には関係のないどうでもいいことなので、その強引に変えられた発言の続きを待つ。


「とーこちゃん、この学園での生活には慣れた?」


 ……何を聞かれるかと思えば、転校生にするテンプレートのような、そんな無難な質問をされた。私は箸を動かす手を止めて、その質問に答える。


「……一応。普通の学校と、そんなに生活は変わりませんし……授業形態が変わった、くらいしか……」

「うんうん」

「……周りからの視線は痛いですけど……話しかけてくれる人もいますし……」

「……そっか!! それが聞けて安心したぁ」


 私の言葉にいちいち相槌を打ち、彼女はそう笑ってくれた。……本当に安心したような表情だ。……心配されていたのだろうか。私は。


「ま、もし何か困ったことがあれば、何でも僕に頼ってね? これでも明け星学園の生徒会長!! 皆の味方だからねっ!!」

「……はぁ……」


 胸を張り、ウインクを決める言葉ちゃんに対し、私はそんな気の抜けた返事を返す。それがお気に召さなかったのか、言葉ちゃんは、むぅ、と呟いて私を軽く睨みつけた。……全然怖くないけど。


「……あ、会長~!! こんな所にいたんですか~!?」


 するとそこで後ろから声がかかる。私に対して口を開いていた言葉ちゃんは、口を半開きにしたままそちらを振り返った。


「ん、どーしたの?」

「ちょっと聞きたいことがあって……今お時間よろしいですか?」

「……えーっと」


 そこで言葉ちゃんの視線が、私の方に戻る。言わんとすることを察して、私は言った。


「いいですよ。私のことは、気にしないでください」

「……そっか、ありがとう」

「……そもそも私は言葉ちゃんに呼ばれて来ただけです」

「あはは、それもそっか」


 言葉ちゃんは私の発言にケラケラと笑うと、手を振ってくる。


「じゃ、また一緒にご飯でも食べようね~!!」


 私はその言葉には答えず、ただ小さく手を振り返した。言葉ちゃんと、言葉ちゃんを呼びに来た女子生徒は仲良く並んで去って行く。その背中を横目に、私は再び弁当箱をつつき始めた。


 ……言葉ちゃんの言った「皆の味方」……それはあながち間違いではないらしい。「聞きたいことがある」という漠然としたお願いで付いて行ってしまうとは……。どれだけお人好しなのか。

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