第32話「Talking」

デザイン案

 土曜日、私──伊勢美いせみ灯子とうこは、今世紀最大の凶悪異能犯罪者、通称「五感」の内の1人、「視覚」と呼ばれる……風桐かざぎりじんを逮捕するため、作戦を立て、任務に向かった。


 結果は成功。初任務の時のあの連携の取れなさは何だったのかと言いたいくらい、「湖畔隊」はみな、洗練された動きを取っていた。

 ああ……いや、私は……正直やらかしたので、私の動きは洗練されていない。


 次の日は休み、と言われていたので、私は風桐に襲われた雷電らいでん先輩のお見舞いに行ってから、家に帰った。帰ってご飯を食べてお風呂に入ったら、ただ眠った。ただただ、眠り続けた。

 気づいたら日曜日の午後5時で、外はもう暗かった。当たり前だ。夏は終わって、もう秋になったのだから。


 流石に少しお腹に入れるか、と思って起き上がり、起き上がったついでにスマホをチェックすると、そこには珍しく、墓前はかまえ先輩からメッセージが来ていた。内容は、明日の学校でどっか暇な時に会おう、というもの。どうやら、文化祭での服飾部のステージのための衣装デザインが出来たらしい。そういえばそんなものあったな、と思って、一気に憂鬱になった。何故私がファッションショーなんかに……。

 ……まあ、今更「嫌」と言える雰囲気ではないし、先輩にはいつもお世話になっている。何かを返せるなら返したいと思った。


 分かりました、この時間なら暇です、と返し、何度かやり取りを重ねる。そして約束の時間を決めると、そこでスマホを閉じた。その後は軽くご飯を食べて、すぐ寝た。沢山寝たはずなのに、朝までぐっすり眠ることが出来た。





「おはよう、溌剌はつらつ伊勢美」

「元気は今最下層にいますが、おはようございます……」

「……お前も大変そうだな……」


 寝ても寝たりない。それほど疲労感が凄まじい。それほど昨日は、精神的にも肉体的にも疲弊した。

 ……まあ、少ししたら治ると思うので、特に気にしない。


 私に手を振った墓前はかまえ糸凌しりょう先輩は、私の体調を察してか苦笑いを浮かべていた。


 結局なんだか、奇跡的に暇な時間が全然合わず、私たちは早朝に会うことになったのだ。正門は開いていないが、裏門なら開けられると先輩が言っていたので、そこからお邪魔させてもらった。どうして先輩が裏門の鍵を持っているかは……聞かないでおこう。


 先輩が被服室の扉を鍵で開け(これは普通に職員室から借りてきたのだと思う)、中に入る。この前来た時とは違い、誰もいないから広く見えた。まあ、こんな早朝だもんな。


「……で、早速だがデザイン案を見てもらってもいいか?」

「あ……はい」


 声を掛けられ、私は頷く。だがそう言われても、私にはファッションセンスとかいうものが皆無なので、見ても何も分かる気がしなかった。

 というか、私をモデルにすると決められてから、まだ約2日しか経っていない。そんなに早く出来るものなのか、と思った。いや……まあ……この人たちのとっては普通、なのだろうか。


 そう考えていると、先輩が持っていたスクールバッグを漁り、そこから何か紙束を取り出すと、机の上に広げ始めた。やけに量が多いな、と思っていると。


「7案考えてきた」

「多っ」


 思わず率直な感想が口から飛び出てきた。精々1個、多くても3個とかだと思っていた。予想以上の数字が出てきた。


 ……私に対して、そんなに驚くか? とでも言いたげな視線を向けるのは、やめてほしいのだが。


 まあ気を取り直して、案を見せてもらうことにする。……提示された7枚の紙には……デッサンと言うのだろうか。それが書いてあった。7枚全て、デザインが違う。それぞれにそれぞれの良さがあると、そう思った。……ファッションとか、よく分かんないけど。

 ただ、どの案にもこだわりポイントとかそういうのが書いてあって、どれも大切な作品なのだろう、ということは窺えた。


 しばらく、じっくり見比べてみた。ファッションが分からないなりに、精一杯考えたと思う。……先輩も、黙って待っていてくれた。


「えっと……その、私は……これが一番いいと、思います」


 熟考の末、私は1枚の紙を手に取る。一番最初に見た案だった。

 だけど、なんとなくこれがビビッと来たというか、それ以上に上手くこの感覚を言葉に表すことは出来ないのだが。


 恐る恐る、私は彼の顔を見上げる。……すると墓前先輩は、私に向けて微笑んでいた。


「……うん、それが一番の自信作だ」


 思わず、ほ、と息を吐き出す。なんだか、私の直感というか、そういうセンスは世間からあまり外れていないということを肯定してもらったような気がしたのだ。

 じゃあこのデザインで作り始めるから。また出来たら連絡する。そう言いつつ先輩はデザインの描かれた紙を片付け始める。はい、と頷く頃には、片付けは終わっていた。


 沈黙の走る被服室。用は終わったようだし、これから授業までの時間、どう暇を潰すか。というか朝早く出たし、ここで朝食を食べたい。食堂とか開いているかな。それか一度出て、コンビニとか行くか……そんなことを考えていると。


「……溌剌伊勢美って、朝食べたか?」

「え……いや……食べてません……」

「そうか、まあ、こんな早い時間だもんな」


 俺もなんだ。と先輩は苦笑いを浮かべてから。


「……良かったら一緒に食べないか? こっちの用で来てもらったんだし、奢るよ」


 どこか遠慮したような口調、その言葉に、私は思わず目を見開く。……ここで断るのも不自然か、と思い、ぜひ、と私は言葉を口にして頷いた。

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