希望の色

 並來譜は、苛立ちを隠せずにいた。


 1人、最初から自分と友だちになることを避けた人がいるだけで既に嫌だった。でも良かったのだ。後の3人がいれば。

 でもその内の1人は、すぐに自分の異能から抜け出してしまった。それから岩の壁が現れたと思ったら、もう1人も抜け出しているし。それは間違いなく、「拒絶」だ。

 後の1人も、茶髪の少女が必死にこじ開けようとしている。正直、開けられるのは時間の問題なのだろう。


 ああ、また、友だちが出来ないのか。

 ──ううん、そんなの嫌だ!


 せめて1人だけでも。そう思って言葉の過去を見つめるが……。


 ──自分の前に立ち塞がる姿が、1つ。


「……1つ、言いたいことがある、です」


 カーラ・パレット。12歳で、歳が近いと喜んでいた。それももう、随分と前の出来事な気がする。


 最初に会った時と、髪色は変わっている。どうしてそうなったのか、それはもう見た。でも全てを見ることは出来なかった。友だちと言うには、不完全だ。

 だが來譜のそんな思いすら切り裂くように。


「──何でも知っていることだけが、友だちじゃないよ、です」


 カーラがはっきりと、告げる。


 來譜の思考に、空白が蔓延った。脳が、言われたことの理解を拒んだ。

 そんなわけがない。だってあの時、あの子たちが言っていたんだもん。何でも知ってるのが友だちだって。だから頑張ってきたんだもん。友だちが、欲しくて。


「……人には、どれだけ仲が良い人でも、知られたくないと思うことが、あるです。でもそれは、知らなくてもいい。知らなくても、友だちにはなれる、ます。……待たないと、いけない。無理矢理知ってしまったら、嫌われる、ですよ」

「──ッ!!」


 來譜は大きく目を見開いた。そんな、それがもし、本当なら……じゃあ、今まで自分は、わざわざ嫌われにいっていた、ということじゃないか。そんなの、そんなのおかしい。だって今まで誰も言ってくれなかった。誰も教えてくれなかった。わたしは、わたしはただ友だちが欲しかっただけなのに! 誰でも良かった、友だちになってくれるなら……!


「……カーラは、知らなかった、です。貴方と同じ。友だちの作り方なんて、知らない。だから、そんなカーラが言えることなんて、あんまりない、です、だけど」


 カーラは、來譜に歩み寄る。その後ろには、大智がいた。來譜を警戒してのことだろう。その表情は固い。いや、それ以上に……彼もまた、カーラの話を聞いていた。


「友だち、って、作るものじゃなくて、気づいたらなっているものなんじゃないかって、思う、です。だって、カーラ、皆と友だちに……仲間に、なれたから」


 微かに大智が目を見開く。友達、仲間。自分は既にそれだったのかと、そう思って。

 だがそんな大智に気づかず、カーラは続ける。


「話す、です。知っていく、です。全部を知るのは、それを積み重ねた後、です。……でも、全部を知れなくてもいい、です。それでも、関係は消えない、ですよ」


 カーラは、灯子のことも、言葉のことも、あまり詳しくは知らない。ここに来てからずっと一緒に居た、大智のことも……多少は知っているが、それでも、全てを知っているわけではない。

 それでも、話して、喧嘩をして、共同作業をして、そうやって一緒に過ごした日々が、間違いなく自分たちは仲間だと保証してくれる。


 カーラは、胸を張れる。


「……カーラたち、お話、下手だから。ちょっと上手く出来なかった、ですね」

「……!」

「でも、もう大丈夫、です。今から、変わればいい、です。……だってカーラたち、未来があるから」


 間違えたらそこで終わり、なんてことはない。

 生きていれば、続いていくのだ。


 カーラは、優しく手を伸ばす。今は、彼女を捕まえるという任務も忘れて。ただ、自分と同じ少女に、手を述べたかった。

 もしかしたら、友だちになれるんじゃないか。そう、思うから。



 ……しかし。



「……わかったように言わないで!!!!」

「わっ」


 手を振り払われ、カーラはよろめく。……その体を慌てて、大智が抱き留めた。

 そして大智は自分の足元を操る。地面に弾力を持たせると、そのままトランポリンの様に飛び退き、來譜から距離を取った。


 すると先程まで2人がいた場所に、球が浮かんでいる。あれで閉じ込めるつもりだったものの、また大智に気取られて逃げられたようだ。


「わたしは、間違ってない!! 間違ってない、間違ってないんだ……!!」

「……來譜……」


 カーラは悲しそうに、その名を呼ぶ。ああ、やはり自分は話すのが上手くない。

 伝わらなかった、のだ。


 だが悲しそうな表情は、すぐにどこかへ行く。カーラは覚悟を決め、整然とした表情で來譜を見つめた。

 自分は、警察組織に身を置いている者だ。最重要任務を与えられ、それを達成するためにここにいる。……まずは対話、という作戦に失敗をしたのなら、力ずくになるのもやむを得ない。


 カーラは自前の絵筆を構える。春松はるまつゆめから貰った、特別な筆だ。その筆先の色は人格と対応し、そして人格たちは異能力を使えるはずだったが……。


 カーラ゠レインボー・パレットの持つ絵筆の先にあるのは……虹色。

 鮮やかな、7色だった。


「カーラの虹は、希望の色。……貴方に、素敵な転機を!!」


 そして彼女は、絵筆を大きく振るう。……7色が筆を離れ、宙へと舞った。

 その絵の具に触れると、來譜の異能力は泡のように消えてしまう。來譜は驚いたように目を見開き、しかしどうにかカーラと大智を閉じ込めようと異能力を出し続けたが……それが2人に届くことは、なかった。

 それどころか、飛び散った絵の具の内の1つが、來譜の額に触れる。……すると來譜はそれに弾かれ大きくのけ反り、地面に倒れた。


 それをしたのは間違いなくカーラだが、彼女は少し悲しそうにしているだけで、何も手を貸さずにそれを見つめるだけだった。


 そこで、頭上から影が落ちた。カーラと大智がそれを見上げると……そこには、2人分の姿が。

 2人は……灯子と言葉は、そのまま來譜の近くまで落ちて来る。そしてそのまま、灯子は彼女の首元に日本刀を突き付け、言葉は文字で來譜の動きを拘束した。


「2人とも……!」

「すみません……遅くなりました」

「僕も……ごめん。らしくなかったよ」


 そう告げる言葉の目は、赤くなっている。さっきまで泣いていたようだ。……だがその顔を、言葉はカーラと大智には見せない。見せたくない。

 2人も、わざわざ覗き込むようなことはしなかった。


 言葉はそのまま、來譜のことを睨みつける。その表情は、悲しんでいるようにも、怒っているようにも、何も感じていないようにも見える。その異質さに、來譜は思わず息を呑んだ。


「……あのさ、君がどうしてこんなことをしたか、それを僕は理解出来たけど」


 言葉はそこで一旦声を区切り、すー、はー、と、大きく深呼吸をする。


「……僕は、お前を、許せない。どうして、僕が必死に、隠していることを、あんなに簡単にッ……!! っ、お前なんて、お前なんて……っ、」


 嗚咽を噛み殺したような、切羽詰まった声だった。言葉は途中のまま、その続きが紡がれることはない。……灯子が黙って、言葉の顔を手の平で隠した。……その手の隙間から、水滴が流れ落ちていくのを見て。

 來譜は本当の意味で、自分のしたことを知った。


 誰も何も言わない現場に、遂に泉と密香が現れる。そして泉が軽く声を掛けると、その手に手錠をかけた。手錠をかけられた來譜は、密香に促されて歩いていく。


 カーラは、その背中をジッと見つめていた。……少しタイミングが違えば、あそこで手錠をかけられていたのは自分かもしれない。いや、それより……自分たちは、きっとちゃんとした友だちになれていた、かもしれない。

 叶わなかったことを言っていても、仕方ないとは思うけれど。


 カーラは再び筆を構えた。そして。


「……カーラの虹は、希望の色。……貴方に、素敵な転機を」


 祈りの言葉を、紡ぐ。


 軽く筆を振ると、絵の具が散った。それは宙に昇り、やがて……弾けて。

 光となって、空から舞い降りた。


 光は平等だ。善人にも、悪人にも、平等に降り注ぐ。「湖畔隊」の全員が、來譜が、その優しい希望の光に、しばし心を奪われていた。


 だが密香はすぐに目を逸らす。そして來譜を促して、再び歩き始めた。


 いつしか、カーラの生み出した光に釣られたように、曇り空はどこかへと行ってしまったようだ。空には、眩しいくらいの青が覗いていて。……カーラにはその美しい空に、虹がかかっているように見えた。


 希望は、あそこにある。


 そう思ってカーラは、微笑んだ。


「……戻りましょうか」


 やがて静かな声で、灯子が告げる。カーラと大智は、頷いた。……少し遅れて、肩を震わす言葉も頷いた。

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