イレギュラーな出来事
気づけば、声に出してしまっていたらしい。ココさんは、その場で固まってしまった。……そして、勢い良く立ち上がる。
「えっ、な、っ……まだあたしの代償、続いてる!?」
「いえ、続いてないです。私は何も言っていません。忘れてください。私も忘れます」
「それは流石に無理があるんじゃないかな灯子ちゃん!?」
顔を真っ赤にしてしまうココさん。……この感じだったら、遅かれ早かれ私は気づいていただろうし、こんなにわかりやすいなら、きっと周りも知っているのだろう。
……巻き込まれたくないから、私が選ぶのは「忘却」だ。私は何も言わなかった。何も知らなかった。はい、おしまい。
しかしココさんはそんなに単純に考えられないらしく、立ち上がっていたところから座り直すと、一人ベンチの上で悶えている。……これが世間一般で言う、「乙女」ってやつなんだろう。……私には縁遠いものだ。……。
『とーこ、可愛いんだから、もうちょいお洒落とかしたら? そうすればきっと色んな人にモッテモテだよ~?』
「……」
……どうして今、こんなことを思い出してしまったのだろう。
遠い遠い記憶。蓋をするみたいに、私は黙って目を閉じた。そしてこの状態のココさんを一体どうするか……。そう考え始めた、その時。
ドンッ!!!! と、背後から大きな音が響いた。
そして地面が大きく揺れる。一瞬だったが、その揺れは大きくて……私は座っているにも関わらず、座ったままよろけてしまった。一方、ココさんはこういった状況に慣れているのか、特に反応は見せなかった。
「灯子ちゃん、大丈夫?」
「は、はい……」
ココさんに声を掛けられ、私はそう返事をする。体幹が無いだけだし……。……ココさんは音の方に目をやりながら言った。
「ここ、校内でバトルとか日常茶飯事だからさ……あ、この前のあいつと会長みたいなね? だから慣れた方がいい……」
そこで不自然にココさんの言葉が止まった。私は不思議に思って顔を上げる。……するとココさんの目は、大きく見開かれていた。まるで、ありえないものでも見ているみたいに。
私はココさんの視線の先を追う。そこで私が見たものは……業火。
明け星学園の校舎の一部から、大きく炎が上がっていた。
「……あれも日常茶飯事なんですか?」
「そんなわけないでしょ!? ……あんな大きく……っていうか、あの炎は……」
理不尽に怒鳴られた後、ココさんは小さく何かを呟く。かと思えば、一目散に駆け出してしまった。……その様子でわかる。たぶん、ただならぬことが起きてるのだ……と。
私は少し迷ったけれど、ベンチの上に放置していた弁当箱を掴み、ココさんの後を追いかける。その際、チラッと校舎を再び見た。
……紫色の炎って、炎色反応的にはカリウムか。なんて考えながら。
「通してください!!!!」
ココさんが大声で叫びながら、人混みを無理矢理掻き分けて現場に近づいていく。ただならぬ熱気に、私の顎を大粒の汗が伝った。……人が多いっていうのもそうだけど、炎が近いのか、この辺りはすごく暑い。そして皆が逃げる方向に逆らって行ってるわけだから、全然先に進めなかった。
誰もがパニックになっているらしかった。先程ココさんが「あれは日常茶飯事じゃない」と言っていた通り、この状況は皆にとってイレギュラーらしい。……さて、一体何が起こっているやら……。
しばらく何とか進んでいると、ようやく人波を抜けた。暑い、と思って手の甲で汗を拭う。……しかし火元まで来たせいだろう。拭っても拭っても、汗は止まらない。
「……そんな……どうして……」
そこでココさんが小さくそう呟く。滝のように流れる汗になんて、全く興味が無いらしい。……確かにそうだろう。
火元には、ココさんの義理のお兄さんである、持木くんがいたから。
持木くんは、少しココさんに目線をやるだけで、何も答えなかった。その間にも、持木くんの足元からは紫色の炎が立ち昇っている。
「あっ……あんた、何してるの!?」
「……」
「ほ、本当に頭、おかしくなっちゃったわけ!?」
「……」
「っ……。何か言えよっ……!!」
何も答えない持木くんに、ココさんは悲鳴のような声を上げる。……それでも持木くんは、何も答えなかった。
……するとココさんはアプローチの仕方を変えようと思ったらしい。何も言わず、持木くんの方をジッと見つめ始めた。……傍から見ても何をしているかはわからないけれど、何となく悟る。異能力を使っているのだと。
……しかし。
「……どうして……」
しばらくして、ココさんは困ったように眉をひそめる。
「……帆紫の声が……何も、聞こえない……」
「……」
「……ありえない。どんな人でも、心の中では何かしら考えているはずなのに……こんな……無音って、何……? しかも、帆紫に限って……!!」
……今何気に少し失礼なことを言ってたような気が……。いや、今ツッコむところはそこじゃないのか。
ココさんの瞳に、涙が浮かぶ。その間にも、やはり炎は増えていた。ただ淡々と、持木くんは炎を増やしていた。……何も言わず、何も考えず。このままだと確実に、学園は炎に包まれて消滅するだろう。
……というより……。
「……先に持木くんが焼けちゃう、か」
「……!!」
恐らくあれは、持木くんの異能の代償だろう。……炎を出しすぎると、自身が焼け落ちて死ぬ。現に今も、炎を出しているところから、徐々に体が焼けて、黒くただれ始めていた。……見ているだけで、痛そうである。
私の声に、ココさんは振り返った。その顔は、もう汗と涙でぐちゃぐちゃだ。……それでも私を、真っ直ぐに見つめている。……まるで、縋るみたいに。
「……灯子ちゃん、助けて……」
「……」
「あたし、貴方が何の異能力を持っているかなんて、知らない。でも、もし、本当に貴方が、噂通りに、唯一生徒会長に匹敵することが出来るっていう強い異能力を持ってるんだとしたら……!! ……お願い、あいつを……」
ココさんは、必死に祈る。
出会ったばかりの私に。
「帆紫を、助けてっ……!!!!」
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