事件とイベントの顛末

 雷電先輩は再び、私に向けて雷を飛ばす。もちろん私は、その雷を手で消す。そのまま同じように手で返して……。

 その手段が通用しないと分かったのだろう。雷電先輩は、私と同じように手に電気を纏わせた。そして、身一つで私に向け飛び込み、殴りかかってくる。……私は紙一重で、それを躱した。……人のことは消せない。確かに、有効な手段だ。


 ……持木くんの場合は、水を出して火を消せばよかった。でも電気には? 果たして何が有効なのだろう。


 私はそのパンチを両手で受け止め、両足で何とか踏ん張って、勢いを殺す。……結局打開策は思いつかなかったため、電気をもろに受けてしまった。が、これもまた体内で分解して、ダメージを最小限に留める。……そして私は、あるものを発生させた。


 まずは、水蒸気。

 次いで、適当に出した大量の紙。

 その大量の紙は、湿気を含んで少しだけ湿る。それを見届け、私は思わず小さく笑った。


 困惑したような表情を見せる雷電先輩。当たり前だ。雷電先輩にとっては、突然視界を塞ぐように大量の紙が降って来た、という風にしか見えない。……それら全てを、邪魔だと言うように異能力を使い……。

 私は、自分の身を守るように両腕を顔の前でクロスする。そして──……。



『「火」と一口に言っても、それが発生する条件は無数に存在する。……可燃物に湿気、そしてそこに電気でも流せば簡単に着火するし』



 ……言葉ちゃん、貴方の言うこと、少しは役に立つじゃないですか。

 ついでに少しだけ私も火気をそこに混ぜる。そうすれば、もう事態は不可避。



 眼下で、盛大な音と衝撃と共に、爆発が起きた。



「がっ……!!」

「く、ぅ、っ……」


 雷電先輩の悲鳴が微かに聞こえる。一方私も、なるべく後ろに飛んでダメージを抑えたとはいえ、無傷では済まなかった。爆発で腕が焼けて痛み、更に踏ん張っていられなくて、大きく飛ばされる。そのまま地面に打ち付けられる……かに思われたが。


「……大丈夫か、伊勢美……っ、」

「……墓前、先輩……?」


 私は墓前先輩に受け止められていた。が、力がないのか、すぐに降ろされてしまう。……けど、地面に直撃よりはマシか……。


「……ありがとう、ございます……けど、逃げたんじゃ……」

「……閃が心配だったし、お前の友達も、俺と同じだったみたいだからな」


 そう言って墓前先輩がとある方向を指差す。……そこには、ココさんが立っていた。……逃げてって、言ったのに。

 ……それでも、危険を顧みず、私のことを心配してくれたのか。


 ココさんが私に駆け寄り、そして、抱きしめてくる。その温もりに私は固まってしまったものの、何とか腕の痛みを我慢し、彼女を抱きしめ返す。自分は大丈夫だと、伝えるために。

 周りに立ち込めていた黒雲が消え失せ、元の快晴が頭上に広がる。……何とか私は、勝つことが出来たらしい。

 それを見届けた私は、気が抜けてしまったのだろう。急速に体から力が抜け、抱きしめる腕も重力に任せて垂れ下がる。そのことにココさんも気が付いたのだろう。灯子ちゃん!? と私を心配する声が聞こえる。

 けど、私はそれに答えることが出来ず……意識を、手放してしまった。





 ──





 騒がしい人の声。数日前までの惨劇が嘘のように、活気が戻って。

 ……私は両腕に包帯、体の至る所にガーゼが貼られ、それを見守っていた。

 今私が見守っているのは、紅白対抗リレー。あの体育祭から数日後、仕切り直して、あの日出来なかった競技をこうして行っていた。

 負傷者は幸いにも私と雷電先輩だけ。なのでこうして仕切り直すことが出来た、というわけだ。


「灯子ちゃん、もうすぐ帆紫ほむら出てくるかなぁっ……」

「……どうでしょう」


 私は隣にいる友人の期待のこもった声に、そんな風に答える。だよね、と彼女は言い、そわそわと、落ち着かなそうな様子だった。

 ……どうやら彼女の想い人、持木くんは、紅組のアンカーであるらしい。……そういえば、リレーの練習してる、的な話をしてるの聞いたな……なんて、ぼんやり思い出す。確かにアンカーなら、張り切って練習を重ねるだろう。


 私たちは白組。本来なら敵組の応援をするなどお門違いもいいところだが、まあ……厳粛なイベントでもないし、別にいいだろう。


 バトンが繋がれ続け、気づけばアンカーに番が回る。持木くんも、バトンを受け取ると、一目散に駆け出した。それの何と早いことか。……そのスピードは、私も目を見張るものがあった。

 白組と紅組は、それなりに差をつけられていた。そこを持木くんは、グングン追い上げていく。これはゴール前に抜かせるのではないか。思わず私も手に汗握りながら、それを見守った。


 そしてレースも終盤、紅と白のハチマキが並ぶ。抜かしては抜かし返され、を繰り返し、なかなか決定打がないまま、ゴールへ向かっていき……。


「帆紫……!!」

「……」


 隣で手を組み、祈る彼女。私はそんな彼女を肩に、手を置き。


「……大声で応援したらどうですか? 

「え!? そ、そんな……恥ずかしいし……」

「でも、こんな機会そうそうないでしょう?」


 それに……彼女の応援なら、持木くんも喜ぶでしょうし。

 流石にそこまでは言わなかったが、彼女は顔を真っ赤にして、口の真横に手を添える。……そして。



「……帆紫っ!!!! 頑張れ~~~〜っ!!!!」



 ……隣にいる私が思わず耳を塞ぐような声量で、そう叫ぶ。

 すると持木くんの視線が、一瞬こちらを向いた。しかしすぐに前を見据え……大きく腕を振る。そして完全に、白組のアンカーを、抜かし。


「……!!」


 ココちゃんが涙目になりながら、横で息を呑む。思わず私も、小さく微笑んでいた。





 真っ青な空の下、持木くんが一番で……ゴールテープを、切った。



【第8話 終】

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