ドキドキ☆ ワクワク☆ 小鳥遊言葉のお仕事見学ツアー

 ──


「小鳥遊くん」


 私が先に立ち去ってしまった後、言葉ちゃんは理事長先生に呼ばれ、急停止した。そして振り返らないまま、なぁに? と返す。


「まさか君が、伊勢美くんを庇うとはね」

「……」

「……君は誰にでも友好的だが、一方で……誰にも肩入れしない。常に中立の立場で、あくまでも自分は関わらず、お互いが円満に済むようにする。……そう思っていたよ。しかしその認識は、誤りだったようだ」

「……やだなぁ、僕は皆の味方の小鳥遊言葉だよ? 庇うなんて、そんなん当たり前じゃーん!! しかも、あの子はこの学園に来て日も浅いんだし、面倒を見るのも上級生、生徒会長としてとーぜん!! 僕には、この学園を大いに盛り上げる、っていう役目があるんだから!!」


 言葉ちゃんは振り返り、そう言って朗らかに笑う。それは、誰から見ても不自然なほどに自然に。……その矛盾に気づいてか気づかずしてか、理事長先生は目を伏せて小さく笑った。


「そうだね。……君は、皆の生徒会長だ」

「そーだよ。今頃知った?」


 彼女は笑う。自然に、明るく。この学園のトップを担う者として。

 堂々と。


「ま、だいじょーぶだいじょーぶ。とーこちゃんは、きちんと僕が面倒見てるからさぁ。問題は起こさせないよ」

「……ああ、それは助かるよ」


 その返事を聞きながら、言葉ちゃんは一人考えていた。口には出さずとも、視線を宙に投げつつも。……自分の中にある「予感」について、考える。そこにいつもの笑顔は無く、あるのは、どこか冷酷な、表情。


(……伊勢美灯子……君は本当に、モッテモテだねぇ)


 心の中でそう呟いていると、ところで、と理事長先生は口を開く。


「君、自分の仕事が罰になり得ると思っているんだね」

「……さぁって。とーこちゃんを追うかぁ」

「……仕事を、もっと他の人にもやらせればいいのに……」



 ──



 ふと後ろを振り返り、私はそこに言葉ちゃんの姿が無いことに気が付いた。確かに、今さっきまで全然うるさくなかった。……一体どうしたんだろう。あの人は。

 ……いや、好都合だ。この隙に、「罰」から逃げて……。


「あ~~~〜!! とーこちゃん!! 先に行っちゃうなんて、酷いよぉ~~~〜!!」

「…………………………」


 後ろから、肩に手を乗せられた。待て、今この人、どこから現れた。今さっきまで気配が全くなかったのに。足音もしなかった。何の動物なんだ、この人は。

 私は嫌々振り返る。そこには、満面の笑みの言葉ちゃんがいて。


「じゃ、行こっか!! ……『ドキドキ☆ ワクワク☆ 小鳥遊言葉のお仕事見学ツアー』!!」

「キャンセルで」


 謎にハイテンションな言葉ちゃんに私はそう言ったが、その発言が認められるわけもなく。

 ……私は生徒たちの奇異の目に晒される中、明け星学園の中を言葉ちゃんに引きずられていくのだった。





「……ちなみに、今どこに向かっているんですか」


 抵抗を諦めて、かつ言葉ちゃんの手を振り切り、自分で歩き出した私は、言葉ちゃんに尋ねる。……このまま引きずられて行ったら、奇異の目が痛すぎるし、何よりお尻も痛い。

 そんな私など露知らず私を引きずっていた張本人は、んー、と少し悩むように顎の下に人差し指を置いてから、言った。


「どこだろうね」

「……は?」


 その無責任な発言に、私はとても低い声が出る。「どこだろうね」、だって? 私は行く宛もなく引きずられていたって言うのか? ふざけているのか? ……ふざけているのだろう。

 ……やっぱりこの人、カッコよくもなんともない。


 流石に私が軽くキレているのが分かったのだろう。言葉ちゃんは冷や汗を流しながら肩を震わせ、慌てたように言う。


「え、えーっとぉ……あ、そ、そう!! まずはぁ、さっきの事件でボロボロになった校舎の修繕の様子を見に行こっか!!」


 張り切って行こぉ!!!! ……と、不自然なハイテンションで言葉ちゃんは走って先陣を切る。……何私に怖がってるんだ、この人。

 私はため息を吐いてから、彼女の背を追って歩き出す。もちろん、歩いて。走って無駄に体力を使ったりしない。


 ……と思っていたら、言葉ちゃんが戻ってくる。また引きずられる? と私が身構えると。


「違う違う!!」


 一体何が違うと言うのか。そう言って言葉ちゃんは……私の手を取った。そして。

 そのまま、駆け出す。


 彼女の手は、まるで彼女の人柄のように温かかった。私はその温もりが、誰よりも嫌いなはずなのに。

 ……握られて、気づけば、私の手もその温もりに染められていた。

 そういえば、初日、私たちが踊ったときも……いつだってこの人の手は、温かかった。


 それが、私にとってはとても不自然で。

 ……吐き気がするくらいだった。

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