守る理由
手下たちは、これで全員倒したと思う。まあ、「思う」などと言ったが、大智さんが異能力も用いて調べてくれたから、間違いはないだろう。
そのタイミングで私たちは、泉さんたちの方に顔を出そうとしたが。
忍野さんが銃口を、泉さんに向けているのを見て、私たちは動きを止めた。
「ッ……あいつ……ッ!!」
怒りに顔を歪ませた言葉ちゃんが、その衝動のまま出て行こうとするが……私は反射的に、その腕を引いて止めた。何するの、と言わんばかりに睨みつけてくる言葉ちゃんに、私は黙って首を横に振る。
すると言葉ちゃんは、どこか悔しそうに奥歯を噛み締め……そして、私の手を振り払った。しかし、そこから動き出すような様子はない。
彼女も、分かっているのだろう。……今あそこにいる彼らは、彼ら以外の誰も受け付けないような雰囲気を出している。下手に手を出したら、怪我をするのはこちらだ、と。
泉さんと忍野さんは、私たちが見ているということに気づいているのか、いないのか。私たちには分からないまま、会話を始めた。
「……どうしたの、密香」
「……お前の能天気さにも飽き飽きしてな。いっそここで殺してやろうかと思って」
「そうなったら、お前も死ぬけど」
「どうだか。やってみないと分かんねぇだろ」
忍野さんはそう言うと、引き金に微かに力を込めるのが分かる。……言葉ちゃんが隣で微かに息を呑む音が聞こえた。少し見上げると、その顔は青くて……忍野さんが本気だと分かるからこそ、その未来を恐れている、ということが分かる。
だけど私に出来ることなど、何もなかった。
「……お前はこういった状況になっても、命乞いとかしないんだな」
「だって、ここからの挽回なんてどうとでも出来るし。……まあ、やれることはやるよ。でもその上で死ぬのは、結局仕方ないことだと思うんだよね」
「……本当にお前って言う人間は、どこまでも救えないな」
どこまでも静かで、波風の立たない泉さんの瞳。それはここからでも何故かよく見えて、私たちの心を騒ぎ立てるようだった。
忍野さんは苛立ったような、熱の籠った視線を泉さんに向ける。拳銃を持つ手は、そのまま。
「いいか。お前は、自分の命を大事にしろ。こんな状況になってんじゃねぇよ。どこかしらに逃げるチャンスとかがあったくせに、どうせ全部見送ったんだろ」
「そりゃ、成長のチャンスだったらね」
「そういうところが、俺は大嫌いなんだよ」
声を荒げ、忍野さんは泉さんに銃口を更に強く押し付ける。……それでも泉さんの微笑が崩されることは、なかった。
「簡単に死なれたら困るんだよ。だから、お前は生きる努力をしろ。誰かに機会を渡して、それで終わってんじゃねぇ」
「……あはは、お前が俺の心配をするなんて、珍しいねぇ」
「茶化してんじゃねぇよ。そういうところが本当にムカつく……分かってるだろ」
笑う泉さんに、忍野さんは告げた。
「お前を殺すのは、俺だからだ」
その場にいる誰もが、息を呑んだ。
泉さんの表情だけが、変わらなかった。
「だから、俺以外のやつに殺されるんじゃねぇ。死ぬな」
「……」
苛立ちで熱がこもり、しかしどこまでも冷酷なその発言に、泉さんは何も返さない。ただ、彼を見つめ直して。
やがて。
「ふっ……あっはっはっはっはっは!!!!」
大きな声で、笑い出した。
その光景に、忍野さんだけでなく、私たちまでポカンとなる。だが泉さんは、とてもおかしいと言うようにずっと笑っていた。
彼は一通り笑い合ったのか、目じりに浮かんだ涙を指先で拭っていた。全く脅しの意味を成していない拳銃が可哀想にも見えてくる。
「ははっ……はー、だってそれじゃあさ、なんかプロポーズみたいに聞こえて……ふふっ」
「……マジでブッ殺してやろうかな、こいつ」
「はは、分かってるよ。お前は俺のことが大嫌いで、俺のことを殺したくて仕方なくて、そのために俺を守っている。俺が他の人に殺されないように。……利害が一致しているから、お前と俺は共にある」
更に苛立つ忍野さんに、泉さんは笑いながら淡々と告げる。2人の間に蔓延る、真実を。
その言葉に、銃口が少しばかり下がった。
「安心してよ。死ぬ気なんて更々ないから」
「……その言葉、忘れるなよ」
「まっ、不可抗力で死んだらごめんね」
「……はぁ、もういい。ツッコむのも面倒だ」
飄々としている泉さんを相手にすることに、もう忍野さんは疲れたらしい。銃口を完全に地面まで向けると、セーフティーをかけてからコートのポケットにしまった。
「……お前ら、そこでコソコソ見てないで、いい加減出てこい」
そしてこちらの存在は、やはりバレていたらしい。私たちは大人しく顔を出した。
すると泉さんが、いつもと変わらない、曇り1つない笑みを浮かべて。
「いやー、悪いな。助けに来てもらっちゃって。大変だったでしょ? お疲れ様」
その言葉に、誰も何も答えられない。ああ……とか、はい、とか、そういった気のない返事をすることしか、出来なかった。
それほど今聞いた会話には、衝撃があったというか。
特に言葉ちゃんには、堪えているのだろう。露骨に泉さんから視線を外していた。
「……雑談はここでしなくていいだろ。早く上のやつらに連絡して、帰るぞ」
「あ、安心してよ。もう連絡済み」
「いつの間に……まあいい。だったら尚のこと早く行くぞ。あいつらとエンカウントすると、また面倒なことになるだろ」
「そうだね、そうしよっか」
呆然とする私たちを置いて、泉さんと忍野さんは、すっかりいつもの調子で会話を重ねる。そして外に停めている車を目指して、歩き出した。
「お前らも、早くしろ」
忍野さんに促され、私たちも慌ててそれに続く。
こうして突発的に起こった事件は、なんとか解決したのだった。
「ところで密香さ」
「……何だ」
「何か面白い話して」
「効率的で簡単な人体のぶっ壊し方」
「ごめん、俺が悪かったわ」
──────────
帰りの車に揺られ、誰も何も、喋ることはなかった。行きの楽しかった様子を思い出す。思い出しても、笑えそうにはなかった。
確かに、自分たちは徐々に連携を取ることが出来始めていると言える。良い方向に変わっていることが多いだろう。
……しかし、何故だか、「変わってほしくないもの」ばかり、音を立てて壊れ、自分の全く見たことのない、何も知らない、何か新しいものが顔を出してきているような。……そんな気もする。
変わらないでよ。彼女はそう、心の中で呟く。
もちろんその声は、誰にも届くことはない。
だから言葉は1人、目を閉じた。
【第26話 終】
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