厳しい叱責、突如現れた男

 正直、そのまま家に直帰してしまいたかった。だが泉さん上司はそれを許してくれない。私は海中要塞に来ていた。


 そこに行くと、まず出迎えてくれたのは言葉ちゃん。少しばかり傷を負っていたものの、よっ、と気軽な調子で手を挙げてくれた。そのまま一緒に泉さんのいる部屋に向かった。入ると、そこには既に大智さんの姿が。私たちを見ると露骨に肩を震わせ、気まずそうに目を逸らしていた。右手の親指の爪を強く嚙んでいて、顔は青を通り越して土色になっている。……もはや何も言う気にはなれなくて、私も目を逸らした。そして……部屋の真ん中で、泉さんは仰々しい椅子に座り、苦い顔をしている。


 カーラさんを起こして、私は彼女を床に下ろした。目を覚ました瞬間その髪色は赤に染まり、彼女は特に何も言わず、ふてぶてしい態度だった。……やはりもう、何も言う気になれない。


 私たちが全員揃ったのを確認してか、泉さんが大きく息を吸う。


「前置きしても結果は変わらないし、端的に言うね。……最悪」


 そう告げた泉さんの声は、とても固かった。


 ……まあ、それにとやかく言うつもりはない。最悪。それは私も抱いていた感想なのだから。


 早々から離脱してしまった大智さん。

 そもそも作戦に協力的ではなく、更に独断行動を始めたカーラさん。

 ……言葉ちゃんは知らない。


 私は、まあ、きちんとやることはやったけど。でもテロリストの作戦に気づくことが出来なかった。


 少し考えるだけでも、反省点は何個も浮かぶ。反省点がありすぎて、もはやどこから手を付ければいいか分からないくらいだ。

 ……よく成功で終わったよな、作戦。


 泉さんの言葉に私は納得していたが、言葉ちゃんは素知らぬ顔。大智さんは顔色が悪いままガタガタと震え、カーラさんはやはりむすっとしている。


 全員が違う方向を見ている。私はそんな感想を抱いた。文字通りの意味だし、比喩的な意味でもある。


「まあ……多少の失敗とかは目を瞑ろうと思ってたよ。作戦立案からその実行まで、全部お前らに任せたから。初めてのことだし、そこにどこかしら失敗は混ざると思ってた。でも、今回は……俺の予想を上回りすぎ」


 そう言うと泉さんは額を抑え、はぁ、とため息を吐いた。心底呆れているような、頭を悩ませているような、そんなため息だった。


 ……正直言うと、私としてはその予想は甘くないか? と思うのだが。どこかしらで絶対に作戦は破綻すると思っていた。何故、かは言うまでもないだろう。私たちの間に信頼関係など皆無だからだ。


 命を懸けている任務。

 背中を預けられない人と行うそんな任務、どこかで壊れるに決まっている。


 ……まあ、人間関係を築くなど面倒で、特に何もしてこなかった私が大声で言えることでもないか。これからも築こうとはしないだろうし。



「はぁ……全くだ。お前たちは本当にお荷物部隊だな、この温室育ち共が。まさかここまで無能たちの集まりだとは思わなかった。ったく……俺のサポートがなければ、実行犯たちは取り逃がし。この不名誉、確実にここを潰す理由にだってなるぞ」

「……まあまあ、ここが潰れるようなことにならなくて良かったね?」

「お前がこの中で一番温室育ちだ馬鹿が。厳しいのか甘いのかどっちなんだよ、統一しろ。大体、お前がそうやって中途半端なところで甘いからこいつらはお前を舐めてるんだし、いつまで経っても状況は改善されない!! 分かってるのか馬鹿が!!!!」

「俺の心配してくれてるの~? 優しいな~」

「語尾を伸ばすなうっぜぇなそんなわけねぇだろブッ殺すぞ」

「わ~早口~」

「お前マジで殺すからな」



「「「「…………………………」」」」



 目の前で繰り広げられる光景に、思わず私たちは言葉を失う。


 泉さんの隣には、彼に付き添うように、1人の男が立っていた。髪はダークアッシュ。頭上の電灯の光と反射して、淡く光っていた。そして機嫌が悪そうな、切れ長の瞳。全体的に顔のパーツが整っていて、世間一般ではこれをイケメンと言うのだろうな、と感じた。服装は、黒のタートルネックにベージュのトレンチコート。下は脚のラインに沿ったスレンダーなパンツ。まだ冬にもなっていないのに、随分と厚着だな、と思った。

 身長は恐らく、泉さんと同じくらい。そして恐らく、年齢も彼と同じくらい。


 彼は酷く冷酷な瞳で、こちらを睨みつけていた。だが私たちにはそんなこと、どうでもいい。本当はその見た目すら、どうでもいいのだ。


 だって彼は、。何もない空間から、突然現れたような、そんな感覚に陥った。……気配なんて、一切なかった。


 隣にいる言葉ちゃんを見た。彼女も彼が姿を現すまで彼の存在に全く気付いていなかったらしく、大きく目を見開いていた。……言葉ちゃんを出し抜くほどだなんて……。


 彼は大きく肩を落とし、相変わらず機嫌の悪そうな様子で、口を開いた。


「……何だよお前ら。そんな、鳩が豆鉄砲でも食らったような表情して」


 彼は堂々としている。自分がここにいることは当たり前のことだ、とでも言わんばかりに。だからこそ、私たちの反応が不満であるかのように。


 ……いや、驚くのも無理ないと思うのだが。



「「…………………………いや、誰ぇ!?!?!?!?!?」」



 見事に言葉ちゃんと大智さんの声が重なる。それはようやく口に出すことの出来た疑問だった。


 お前ら、仲良しだなぁ、と泉さんがあっけらかんとしたような調子で笑い。

 突如この部屋に現れた謎の男は、何がおかしいんだ、とでも言わんばかりに眉をひそめた。





【第22話 終】





第22話あとがき(イラスト付き)

https://kakuyomu.jp/users/rin_kariN2/news/16817330667551994417

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