秘密基地
付いてこい、と言われ、私は彼の背中を追って歩いていた。……なんとなくだが、隣を歩きづらい。何というか、彼は人を寄せ付けないオーラを発しているのだ。近づこうにも近づけない。
……いや、近づきたいとか思ってないけど。
ずっと仏頂面だし、不機嫌そうだ。……まあ、面倒だとはっきり口にしていたくらいだし。そりゃ面倒だろう。私のような弱者をわざわざ鍛えるなんて。
……私にとっては、そう正直に言ってもらえた方がありがたい。ある意味、気を遣わなくていいのだから。
「……伊勢美」
「……あ、はい。何ですか?」
突然声を掛けられ、私は思わず反応が遅れる。すると彼は、自然な動作で私の横に来た。……私と会話をする気があるらしい。
「詳しいことは聞いてないんだが、そう緊急で強くなろうとしてる……その理由はなんだ?」
「……詳しいこと、聞いていないんですか?」
「ああ。……メッセージには、『とある子を強くさせてあげてほしい』っていうのと、お前の持ってる異能力についてしか書いてなかったし」
「……そんなアバウトだったのに、引き受けたんですか……?」
ただ用件を伝えているだけじゃないか。そう思ったし、彼もそう思ってはいるようだった。……苦笑いを浮かべ、口を開く。
「まあ、あの人の頼みだし」
「……」
どこか照れたようでもあるその笑みを、私は思わずまじまじと見つめてしまった。……仏頂面だった彼が、そう表情を崩すのは、意外だったから。
すると彼は私の視線に気づき……一気に仏頂面に戻る。
「……何だよ」
「……いえ、別に」
「で、どうなんだ?」
質問に答えろ、と彼はふてぶてしく言う。先程のあの柔らかい表情とうまく合致しない。……まあ、教えない理由もないので、私は大人しく口を開いた。
「……単純な話です。泉さんの隊に、一時的に属することになったのですが……私が一番弱いので、足を引っ張ると判断されたんです」
「……あー、なるほど……」
そう言って頷く春松くん。苦虫を潰したようなその顔は、どこかここではない遠くに向けられていた。
「……どうしたんですか」
「いや……覚えがあると思って……」
……なんだかこれ以上聞くと深入りしそうなので、何も言わないでおいた。
そんな風に歩いていると、とある場所に辿り着く。そこは……人気のない公園の、何の変哲もない茂みだった。高校からここまで、話しながらだと、体感としてはあっという間だった。
……春松くんが立ち止まったんだし、目的地はここ、ってことで……いい、んだよな?
「……何ですか? ここ」
「俺の秘密基地、的な?」
尋ねると、すぐにそんな答えが返ってきた。その解答に、は? と思いながら彼を見ると……彼は、笑っていた。
天真爛漫な、あどけない少年のように。
かと思えば、彼は私の手を握る。突然のことに反応できないでいると、彼は私の手を握っていない方の手に……何かを握った。一瞬前までそこには何もなかったのに。一瞬後には、そこに存在していた。
これは……杖?
まるで、魔法使いみたいな。
「俺の手、離すなよ」
彼はそう言うと、私の手を強く握り直し……そして。
「〝秘密の通路よ、通れるようになーれ〟」
……なんか棒読みの、感情のこもっていない呪文(?)が響き渡った。
それに反応するように、杖の先が……光り出す。驚いて、反射的に春松くんの手を強く握り返し、目を閉じた。
瞼の裏で、何かが光っているのが分かる。だがそれもすぐに消え、目を開くと……。
「……え」
思わず私は、短く驚いてしまう。
何故なら目の前に広がる景色は、先程までの公園じゃなかった。何か、作業場のような……木製の机と、椅子。傍には拳銃や長銃、剣、矢……とにかく、色々な武器が壁に立てかけられ、きちんと管理されていた。
……いや、それよりも……。
「……空間転移系の、異能力……?」
「いや、違う」
春松くんがそう言って腕を組む。相変わらずの仏頂面だったけど、その瞳はどこか楽しそうに輝いていた。
まるで自分の宝物を見せられて、驚かすことが出来て、満足だと言うように。
違うと言われ、私の頭は混乱する。だが一方で、分かってもいた。私の中の、直感とでも言うべきか。そこが、告げていた。
今のは、異能力なんてちっぽけな言葉で収まるものではない、と。
「これは、魔法だ。そして俺は、しがない魔法使いだよ」
彼はそう言って、微かに微笑む。
『これはね、異能力者だけに効く脳波を送る銃。すごいよ、何も考えられなくなるし、動けなくなる。でも後遺症とかの心配はゼロ。普段は棒状でコンパクトに持ち歩けるけど、使う時はワイヤーで好きな長さに変えられるから射程距離も自由。……魔法使いに貰ったんだ。だから俺もどういう仕組みでこうなってるか、分からないけど』
不意に、泉さんのそんな言葉を思い出した。それから改めて部屋の中を見渡し、合点がいく。
──泉さんにあの武器を渡したのは、この人だ。
「そして同時に、異能力者でもある。……自分で言うのもなんだが、力の扱い方についてはよく知っているつもりだ。だから、お前の役に立てると思う」
彼はそう言うと、再び杖を振るった。すると何もない壁に、木製のお洒落な扉が現れる。
「じゃあ、まずは……お前の力がどれくらいなのか、見させてもらうか」
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