追いつき、追い越し

 結局ここで力試しをするんかい……というツッコミは無粋だろう。既に私がしたので、もういい。


 扉を潜ると、その先はとても広い部屋だった。海中要塞で見た、今彼らがいるであろう訓練場に酷似している。というか、ほぼ一緒だった。モニタリングルームがない、ということ以外は。


 春松くんは何かを呟き、杖を振るう。すると……私の目の前に、能面の人が3人ほど現れた。全身真っ白で人間味はないが、動きだけが嫌に滑らかである。


「伊勢美、そいつらは敵だって仮定のもと、に行動してみろ」

「……はぁ……」


 春松くんは壁に背中を預け、腕を組みながらそう告げた。私はそう返事をし、それから視線を前に戻す。


 ……いつも通り、と、言われても……。


 今までの戦闘を思い出す。持木もてぎくんの時は……炎を消しながら近づいて……最終的な攻撃は言葉ちゃんに任せて……。雷電らいでん先輩の時は……雷を消して、後は雷を利用し、爆発を起こして……。元理事長の時は……次々来る攻撃に対処して、まあ色々あったけど、最終的には一酸化炭素中毒で……。


 ……。

 統一感、ないな……。


「……」


 ため息が聞こえる。大方春松くんは、動き出さない私を見て呆れたのだろう。……申し訳ないが、私は戦闘の方法など知らない。


 すると目の前にいる人──というより、この場合は人形か──が、動き出した。こちらに走ってきて、その拳を振るう……。

 私はそれを、地面を蹴って避けた。……だがそこで、後ろから気配。目線だけやると、そこにはもう1人の姿が。こちらも前にいる人形と同様、拳を放ってきた。

 左腕を盾のように構え、イメージをする。それはとても固い、鎧。

 すると拳は私の生成した鎧と衝突し、防がれた。だがその威力は、多少は緩和されているだろうが伝わってくる。流石に折れる、とまではいかないと思うが、それなりに痛かった。


「……ッ!」


 私は目を見開く。拳を防がれた人形は、そのまま追撃を放ってこようとしていた。逃げるか、とも思ったが……背後にいたもう1人に、後ろから拘束されてしまう。脇に両腕を差し込まれ、そのまま上に引かれる。人形の方が身長が高いから、持ち上げられてしまった。宙に浮き、足は地面を捉えられない。

 顔面に拳が迫り、万事休すか、と目を閉じた瞬間。


「……まあ、こんなところか」


 そんな声とともに、急に体が自由になった。目を開くと、目の前から人形の姿は消え失せていて。……支えを失った私の体は、地面に無抵抗に落ちた。お尻を打って、痛い。

 もう人形の姿はなかった。少しばかり痛む左腕を摩っていると、春松くんが私に近づいてくる。


「何というか……うん、想像以上だな……。一応、明け星学園では英雄的扱いされてるとか聞いたけど……」

「え、いや、知りません……何ですか、それ……」

「だってお前、学校で起きた事件の犯人に勝ったんだろ?」

「……」


 否定はしないが、肯定をしてもいいものなのか……。


 結局私の詰が甘くて、逃げられてしまったし。途中まではボロ負けだったし。正直、あの勝ちはまぐれだと思っている。


 それだというのに、明け星学園の英雄? ……冗談も休み休みにしてほしい。

 英雄だなんて、ガラじゃない。


「……たぶん、時の運です」

「あ、そ……お前も災難だったな」

「どうも……」


 苦笑いを浮かべられたので、私はそれだけ返しておく。災難。確かにそうだ。明け星学園に来てから、トラブルに巻き込まれなかったことがない。


 手を差し出されたので、私は思わずそれをまじまじと眺めてしまう。すると春松くんは眉をひそめた。ああ、手を握れということか、と思い直し、私はその手を取る。……すると力強く、引き上げられた。


「体は大丈夫か?」

「あ……はい。左腕が少し痛むくらいで……」

「ふぅん……〝痛いの痛いの飛んでいけ〟」


 症状を訴えると、彼はそう言って杖で私の左腕を軽く叩く。……すると、痛みがスッと引いた。……もう驚かない。


「……便利ですね。それ」

「まあ、万能じゃないけどな。俺は魔法使いとしてはへっぽこだし。……今のも、もし大怪我だったら俺には治せない」

「……私には、そうは見えませんが……」

「それはお前が、こっちの世界を全然知らないからだ」


 今度紹介してやるよ、〝本物〟ってやつを。春松くんはそう言って笑う。どうやらそういう存在が身近にいるらしい。なんか怖いのでいいです、と言うと、気持ちは分かる、と返された。


「で、今見た感じだと……確かに一番足を引っ張りそうだな……」

「……」

「でも正直、お前の周りに化け物クラスのやつらが集まってるだけだと思うから、あんまり気にしなくていいと思う……」

「……ですよね」


 別に気にしてはいない。ただその意見には同意する。言葉ちゃんとか、泉さんとか……春松くんの言葉を借りるなら、化け物クラスの人だ。


「だから、無理してそのレベルに到達しなくてもいいと思うぞ。詳しくは聞かないが、なんかヤバいことに挑むとしても……最低限の強さを手に入れれば、それで十分だ」

「……いえ」


 だが。


「私は、そんな人たちに……追いつかないといけないんです」


 それこそ無謀だということは、分かっているが。


 ……言葉ちゃんを殺すためには、彼らのレベルに、到達しなければいけないのだ。いや、到達どころか、追い越す必要がある。


 甘ったれたことは、言っていられない。

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