後戻りは出来ない

 私の言葉に、春松くんは目を見開く。……そして、小さく吹き出した。


「……何ですか」

「……いや、お前もそんな目が出来たんだなって、思っただけだ」

「……どんな目です?」

「言語化が難しいので、割愛」


 説明を諦められた。


 小さくため息を吐くと、彼は口を開く。


「お前は、危ういな」

「……え?」


 危ない。危険人物。今まで、何度も言われてきたことだし、自分がそういう存在だということも、理解している。


 だが、彼のその口調は……今まで言われてきたニュアンスと、少し違う気がした。

 どこが、と聞かれると……それこそ、言語化出来ないが。


「ま、そんなことはどうでもいい。……伊勢美、自分で分かっている自分の弱点は?」

「え、えっと……目視出来ない攻撃への対処が遅れること……消す対象物が多いと、全てに対応出来ないこと……2つの異能は、同時に使えないこと……」

「……具体的だな。誰かに言われたことあるのか?」


 元理事長に言われたことをそっくりそのまま列挙すると、春松くんに訝しげな表情を向けられた。


「それだけ自分のことを知ってるのは好評価。だが、それに対してどうすればいいかは分かってなさそうだな」

「……はい……」

「じゃあ、そこにいくつか追加しておく。初動が遅い。自分が何が出来るのか理解してない。そもそも基礎体力がない。諦めが早い」

「ええ……」

「文句言うな」


 弱点が追加されてしまった。これでは本当に、言葉ちゃんを殺すなど夢のまた夢である。


 彼は、はぁ、とため息を吐いた。そして頭をガシガシと乱暴に掻く。


「……あのレベルに追いつくんだろ。だったら、頑張れ。弱点を理解して、どんな手段でもいいからカバーする。……大丈夫だ、お前が弱いっていうのは、伸びしろしかないってことだし」

「塾の煽り文句みたいですね……」

「俺もそう思うけど、言われたことあるし、納得したことあるんだよ……」


 再び苦虫を潰したような表情を浮かべる春松くん。……彼は弱いようには見えないが……それこそ努力して、現時点まで到達した、ということだろうか。

 彼は咳払いをし、じゃあ、そのためにもまずは。と言って……私を見つめ。


「俺を倒せるくらいにはなってもらわないとな」

「……」


 私は、黙る。だがすぐに口を開いて。


「……あの人たちって、貴方より強いんですか……?」

「ああ、強いよ。俺じゃ手も足も出ない」

「魔法、も使えるのに?」

「俺の魔法は、『ちょっと便利』みたいな範囲でしか使えないし、異能力は戦闘向きじゃないからな」

「……へぇ……」


 魔法、という言葉は、まだ舌で転がし慣れない。説明をされても、その概念を全て理解するのは無理そうだった。いや、もっと説明してもらえばいいのだろうけど、聞くのも面倒だし。

 ……あの便利そうな魔法を使える春松くんですら、あの人たちに勝つのは無理だと言っている。本当に人間離れしているというか、私もその領域に踏み込まなければいけないというのは、なんというか、恐ろしいけれど。


「……やりますよ。どうせもう、後戻りなんて出来ませんし」


 どこか自分に言い聞かせるように、宣言する。


 そう、後戻りなんて出来ない。私が人を殺した事実は変わらないし、これからまたそれをしようと思っている、その意志が変わることも、きっとない。

 過去には戻れない。だから、進むしかない。


「……そうだな」


 春松くんは、小さくそう呟く。その瞳には何故か、悲しみのようなものが滲んでいるように感じられた。

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